ないものねだり
「こんな家にいられるか! 俺は出ていく!」
マンガのようなセリフを吐いて一時間経った。日はすっかり落ちて、じわじわと寒さが足元にわだかまってきている。勢いで飛び出してきたから、持ってきたものといえばケータイくらいで、Tシャツ一枚で夜になったら風邪をひくかなとか思う。
しかし、たった一時間で戻ったら、その程度かと鼻で笑われて終わりだ。子どもの言うことだと全部全部バカにしやがって。
気の向くままに足を進めていたら、住宅街の路地をいつの間にか抜けていた。これは帰りに迷うパターンだと思うが、今は帰りのことは考えないことにする。幸い、ケータイのカバーには交通ICカードが入っていて、千円くらいならチャージしっぱなしだった気がする。多分。
路地を抜けたからって別に何か特別なものがあるわけじゃない。しいて言えば、少し寂れた公園が現れた。灰色の砂が敷き詰められていて、ぽつぽつと街灯が点いていた。なんだって、夜の公園っていうのはこんなに怖いのか。夜の学校に通ずるものがある。
ブランコに座った。子供向けの、俺が座ったら膝から下全部つくくらいの低さのやつだ。きいこきいこと揺らしていると、空を飛んでるような気分だった十年くらい前を思い出した。子どもの時は公園というのはとてつもなく広くて、砂場は砂の海のようで、ジャングルジムは本当に果てしない迷路のようで、シーソーなんて最高にスリル満点なアトラクションだった。それが小さなものだと分かってしまうと、途端に、それで遊ぶことが楽しかったことだって忘れてしまった。
地面をちょっと蹴る。ブランコの小さい座面が揺れる。両足を浮かせると、俺の体はゆらゆら、不安定に揺れた。
両手で鎖を握ったまま、体を倒す。腹筋で起き上がれるギリギリくらい。座面が前に滑って、後頭部を少しこすりそうになった。
逆さになった視界で、昔の俺が見下ろしていた。いつも不満げに唇を尖らせて、むくれた、可愛くない子供だ。
「背が高くなりたかったんだっけ」
成長痛がひどかったが、バスケ部と見間違われるような高身長になった。
「駄菓子も腹いっぱい食べたかったよなあ」
バイト代が出ればそれくらいはできる。
「あとは……ああ、パソコンのゲームも、好きなだけやりたかったっけ」
やりすぎると今でも怒られるが。
不満だったことが不満じゃなくなって、それでも次々不満が出てくる。多分、これからも、ずっと。
何もかも好きにできるようになったら、多分、つまらないとか言い出すのがオチだ。
「……分かった、分かった。分かったよ。ちゃんと帰るから」
年相応に素直で甘えたな俺を押しのけて、俺は体を起こす。もうしばらく夜風に当たって、ちょっと寒くなったら、帰ろう。




