青天の霹靂
同僚が失踪した。
大して仲が良かったわけでもないのに、隣の席だというだけで俺が片付けを任された。気さくで仕事もよくできて、上司に可愛がられて部下に慕われるような、眩しい奴だった。能天気で考えなしだとひがむ奴もいて、俺はそのうちの一人だった。
机の上はきちんと整理されていた。仕事の引継ぎも終わっていたし、資料は仕事ごとにきちんと分けられて、次の担当者の名前まで書かれていた。引き出しの中には私物のひとつもなくて、パソコンのパスワードが目立つ位置に書置きされていた。
狭いアパートには物がほとんど残っていなくて、管理会社の話だと、今月の末までで契約が切れるらしい。日に焼けた畳の上に、辞表と手紙が一通残っていた。
何の面倒もなく、そいつの片付けは終わった。
いろんな人間が、そいつのことを心配した。何か悩みがあったのなら聞いたのに、だとか、あんなに明るい人がどうして、だとか。もういなくなった人間のことに心を砕いて、残念だと言い合った。
誰も、あいつの机が綺麗になっていることに気付いていなかったくせに。
別に仲よくなくても、いっしょに酒くらいは飲んだことがある。
『お前といると、話さなくていいから気楽でいい』
あの時の笑顔は随分、寂しそうだったと記憶している。
笑顔でいるから元気なわけじゃない。明るいから傷付かないわけじゃない。
そんな当たり前のことをぼやいて、最後にぽつりとこう言った。
「全部棄てられたら、楽だよなぁ」
仕事。財産。人間関係。社会の中の自分の居場所。それを棄てたいという気持ちと、棄てるのが怖いという気持ち。天秤が傾いてしまったんだから、たぶん、それがあいつの本音なんだろう。
頑張れとも応援してるとも思わないが、誰にも見つからないといいな、とひっそり祈ることにした。




