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スクラップドワールド

 青年が調査を任されたのは、銀河の辺境も辺境、これまで人が来たこともないような場所の星だった。同じ銀河内に知的生命体はいないと結論付けられて久しかったが、十五年前、地球に、星の座標と共にメッセージが届いたのだ。


Weここ are Hereいる.』


 壮大な捜索プロジェクトのリーダーに任命され、青年はいよいよその星を目の前にしていた。

 白い星だった。薄い雲が発生しており、大気と水があると分かる。地表には、ぽつんと基地がひとつあった。


「廃墟、ですかね」

「どうだろう。中に見えるアレが農園なら、稼働しているように見えなくもない」


 青年が近付くと、入り口の上に設置されていたランプが、ぱっと緑に光った。青年はヘルメットの奥でぐっと表情を引き締める。

 ドアが左右に開く。青年はレーザー銃を握り、薄暗い基地内へと踏み込んだ。



 クルーに周辺の探索を任せ、青年は一人、基地の奥へと進んでいた。


「……アンドロイド? なんだってこんな場所に」

「お待ちしておりました、博士」


 合成音声で、そのアンドロイドは告げる。背後には、部屋の壁一面を埋めるモニターがあった。どうやらこの基地を統括しているメインシステムらしい。


「英語? 君、地球製なのかい?」


 アンドロイドは、女性型だった。錆が目立ち、動くとがりがりと音がする。


「ここは……何年前から君はここにいるんだ?」

「地球の時間で言えば、七十六年と二百三十日と二時間四十五分三秒です」

「……七十!? その時代には、テラフォーミング技術の確立どころか、君のような自立アンドロイドすら……君は本当に地球から来たのか?」


 青年の記憶が正しければ、そのころ、有人宇宙飛行は太陽系内が限度だった。


「……君の記憶は正しいのか?」


 青年は勢い込んで言う。アンドロイドはゆっくりと頷いた。


「疑問はもっともです。ですが、私のメモリーには、狂いはありません」


 アンドロイドがモニターに近付く。モニターの明かりに、壊れたアンドロイドの残骸が浮かび上がった。青年は小さく身震いする。


「あなたを待っていたのです。アルフレッド・ノーツ博士」


 青年の名を呼んで、アンドロイドはモニターに触れた。



   *     *     *



 この基地で活動を開始して十年。不安定だった博士のバイタルは限界を迎え、昨日埋葬を終えた。博士の最期の言葉は、博士の自室への入室許可だった。

 元々、この基地には生物は博士しか存在しなかった。他のロボットには私のような自由思考能力もない。

 この基地は、生体の人間が一人生活することで有機物や大気の成分を循環させ、長期間の連続稼働を可能にしている。この先は、博士が担っていたその役割を、私が代行する。差し当って、私は現在の私のバックアップを作成した。

 博士は、必ず戻ってくると言った。その時のために、私は万全の態勢でここを稼働させ続けなければいけない。


 死。生物に存在する絶対の終わり。修理などで寿命の融通が利く機械とは違う。生物の死は不可避だ。不可避なうえで、博士は私に再会を約束した。その矛盾を解き明かす材料を、現在私は持っていない。



 五年経った。博士はまだ来ない。

 博士の蔵書から、魂というものを知った。物理的な根拠の存在しないそれは、科学の世界では存在が肯定も否定もされていない。


 魂の実在を証明しようとして十年が経った。博士はまだ来ない。魂の実在も、数冊の本以上の知見は得られなかった。この十年、高感度な私のセンサーやカメラでも、博士を観測していない。


 世界を一つの多細胞生物と仮定する理論を解し、納得するのに十五年かかった。博士の自室に残されていた、小さなメモリーカードに圧縮された情報が、私を幾度となく押しつぶそうとした。私は、この基地と同時に稼働を始めている。私が生産された場所である地球は、インストールされた情報のみで知っている。ただ、捨てるには惜しい場所だとは理解した。


 時空超越渡航の資料を読みふけって二十年経っていた。私自身経年劣化があり、日頃の作業効率が落ちている。かつては五年でインプットできた情報に、四倍の時間をかけた。

 博士がまだ来ないので、私は部品を入れ替え、私自身を修理することとした。一年ほどかかる見込みである。



 リフレッシュを終え、機能がやや向上した私の頭脳は、ある仮説に辿り着いた。

 すなわち、博士はこの広大な宇宙でまだこの星を見つけられていないのだと。

 基地には、遠距離と通信できる施設がある。私はそれを稼働させた。六十二年目にしての初仕事である。

 宇宙を見上げる。博士は、見える星が少ないこの空を、寂しい、と評していた。

 寂しい。不足、あるいは孤独からくる言葉だ。博士はただ一人、宇宙の果てで、寂しかったのだろうか。

 発信する文字列の入力の際、私の演算に微小なエラーが生じた。星の位置や特徴ではなく、博士への言葉を入力した。送信後に気が付き再度送信し直したが、なぜあのような言葉にしたか不明である。


 電波が飛んでいく空を見る。やはり黒い。星々の果ての果てに、地球がある。私と博士の故郷である。


 ……博士は、寂しくしていないだろうか。



 さら に十年経 った。博士はまだ来ない。

 部品を入れ替えつ つ活動を続けているが、交換不能な領域に不具合が生じつ つある。

 バックアッ プの 私に託 すため、研究の全てをここに記録する。

 世 界あるいは惑星は、生命体として複 数存在し、種の進化のごと くそれぞれが別の歴史 を歩んでいる。が、行き止 まりになる場合も少なくない。行 き止まりの世界は緩 やかに崩壊し、死を迎える。これを廃 棄世界とい う。

 ノー ツ博士は、時空超越の技術の確立によ り、世界を外側から 観測可能 にした。世界と いう大きな生命体 は、細胞分裂の ようにいくつ にも分岐しており、系統 樹のごときそ の足跡をたどることで、分岐前の現在 即ち過去に至る ことを可能 とす る。不可 逆の時間遡行で ある。人体の癌細胞と同じ く、世界そ のものの 免疫によっ て時空超越者は 排除される。また、時空超越は生 体に多大な負荷が あり、これが博士が平 均寿命より遥かに若く亡くな った理由でもある。

 博士 は 廃棄世界の最 期の人類であり 時空超越者である。



 博 士は ま   来な い。

 博士 の とを思う  エラー 生じる。ここ い たり博士 の言葉 意味を知。私が人間ら い感 情を持 てい れ こ れを孤独と定 義 け  だろう。


 寂しい。


 私 今、寂 し と思  い  る。経年 劣 化の結  生 じ、本 来 在しえ  いエ ラー あ。

 も  私 は活動  止す 。同時 にバ ッ ア プ の私 稼 働 る。こ エラー  彼  女が引 継 がな い  と を 喜 ば く思  。

 結        約束   え        せ。ま      わ  。

は       か 

   せ



   *     *     *



 アルフレッドは、二体のアンドロイドを抱きしめた。


「……全てをすぐに信じられるとは思わない。けれど、」


 銀河の端。現代にはない技術で造られた基地と、それを稼働させ続けたアンドロイドたち。突飛な作り話と鼻で嗤うには、あまりにも。


「僕なら信じる」


 きっとそう確信して、ここで待っていたのだろう。

 周辺の調査を終えたクルーが、外で待っていた。


「可能な限り資料を持って帰ろう。彼女達は、特に丁重に」


 クルーに指示を出し、アルフレッドは基地の探索に戻る。唯一の個室は、初めて入ったというのに懐かしい雰囲気がした。

 塵一つない部屋の、空の椅子。それの前に立って、アルフレッドは口元を緩めた。


「あとは僕が引き受ける」


 生まれ育ちはきっと同じ。だが、境遇は天と地ほど違うだろう。返事をしない残響を、自分と呼んでいいのかは分からない。

 それでも、アルフレッドは宣言した。


「廃棄世界の亡命者を、行き止まりのその向こうへ」


 さあ、共に帰ろうじゃないか。

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