舌先三寸口八丁
嘘をついてはいけませんと言われて大人になる。
大きな掌が、白い机をばんばんと叩いた。何しろ腕に子どもを三人はぶら下げられると自慢する同僚であるので、そんなことをすると部屋中に音が響く。私は電話の受話器を手で覆って、できるだけ音を遮ろうとした。
私が勤めている会社は、詐欺を生業としている。
私もこんな仕事はしたくないのだが、そうと知らず片棒を担いでしまった瞬間から逃れられないのだから仕方ない。大金をせしめるようなことはしない。あまり金額が大きいと、被害者も躍起になって取り返そうとするからだ。だが少しなら、勉強代だと思ってくれる。
電話をかける。メールをする。ポストにダイレクトメールを放り込む。この仕事の九割は営業だ。『お客様』の目に留まるのは多くて二割。詐欺だと思って放り出されることがほとんどだ。なのでせっせと営業の件数を増やさなければいけない。私もまだまだ下っ端なので、折り目の正しい社員のように、『お客様』には懇切丁寧に説明をする。
給料は正直悪くない。親に仕送り、家の生活費と子供の将来のための貯金。それでもまだ少し余るので、それは本を買うのにあてている。近頃詐欺への警戒が強くなってきた。社長は、そろそろ足を洗わなければと言っている。私も賛成である。
普通の会社に勤めるために、資格が欲しい。
元来私は嘘が苦手である。であるからして、少しでも嘘が少なくなるならば、普通の会社に勤めたいと常々思っていたのだ。
「ひい、ふう、みぃ、よ……おやおや、両手の指でもまだ足りない。ずいぶん嘘がお好きなようで」
満員電車の中だったと思う。耳元でそう囁かれて、私は心底慄然とした。普段降りる駅になっても、足の裏が床に張り付いたように動かなかった。
けれど、遅刻をするとそれだけでどやされる。私は足を引きずるようにして電車を降りた。そうして改札に向かう途中で、何かに蹴躓いて、階段を転げ落ちた。
あれは警告だったのだろうか。
「そんなつまらない嘘ついてる暇があるなら、『契約』取ってこい」
怪我をした私に、上司は冷たい言葉を投げつけた。けれど、病院で目を覚ましてからこのかた、舌の先を誰かに押さえつけられているように感じて、まるで口が回らないのである。嘘を言おうとした途端に舌先をねじられるように感じる。無理に言おうとして血が滲んでいたので、どうやら私は嘘を取り上げられてしまったようだ。
かねての望み通り退職した。独身であるので、しばらくは飢えることもないが、いかんせん先が不安である。資格のひとつもない、新卒でもない。なにより正直である。どこかの会社に拾ってもらえるだろうか。
嘘をついてはいけませんと言われて大人になるのに。




