表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/100

新盆

 夏は織笠宗慈郎(おりかさそうじろう)が死んだ季節である。


 うだるような暑さ。かぁんと照りつける太陽は、長かった梅雨の鬱憤を晴らすが如く地上の全てを焼いている。息をするのも苦しいほどの熱波が押し寄せては過ぎ去っていく。風。平生ならば暑さを和らげるそれが、今年の夏ばかりは敵である。

 むぅっと湿気の多い空気。何度目になってもきっと慣れることのない、日本の夏だ。遠くで逃げ水が揺れている。車、家々の硝子窓。都会ほどではないが、ここも太陽が多い。


 暑い。


 隣の家に、息子夫婦が帰ってきていた。まだ幼い孫を抱いて、墓参りに行くらしい。普段は都市部にいるもので、田舎は涼しくていいですね、と疲れた顔で挨拶をされた。これでもずいぶん暑いですよ、と私は半笑いになる。


 ああ、宗慈郎も、そんなことを言っていた。田舎は緑が多いからか、涼しいのだと。

 夏は命があふれる季節だ。新緑は濃い緑へと変わり、草花は瞬く間に生い茂る。ついこの間まで見通しの良かった原が、私の腰ほどまでの草で埋め尽くされるのもあっという間だ。気の早い稲はもう穂をつけ始めている。山々の色は、緑を通り越して黒みすら帯びている。春が水彩で描いた季節であれば、夏は間違いなく油絵だ。どんな生き物であっても、夏こそ命の盛りである。


 そんな夏に、私の唯一の友は死んだ。


 山を二つ越えたさきに、渡し守のいる川がある。毎年灯篭流しが行われていた。黒々とした夜の川を、いくつもの橙色の光が流れていく。橋の上から眺めていると、光が空へと昇っていくようにも見えた。見下ろしていたあの灯篭を、今年は私が流す側である。



 宗慈郎は光そのもののような男であった。偏屈で頑固と指差される私を唯一照らした光である。夏が好きだとよく言っていた。この時期になると、私の家に一週間ほど滞在するのが慣例になっていた。日がな一日、アトリエで私の背を眺めていることもあった。油絵の具の匂いが好きだという。


「君も絵を描いてみたらどうだい」


 宗慈郎の困った顔を見たのは、後にも先にもあの一度きりだった。



 日暮れ時である。瓦を一枚と乾いた木切れ、新聞紙を持って家を出た。敷地と私道の境界には、用水路が流れている。橋のすみで迎えの火を焚いた。

 帰りたい場所がないのであれば、うちに来るといい。立ち上る煙を見上げて、そんなことを思った。

 首筋を撫でる風が、昼間よりはいくらか涼しくなったようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ