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空腹

 世界が明日終わるとしたら、最後に何を食べたい?


 そんなありきたりな問い、誰しも一度はその答えを考えたことがあるだろう。好物を腹いっぱいだとか、後先考えない超高級なものを食うとか。どうせ死んでしまうんだからどうでもいいとか、思い出のあの味だとか。

 ……腹が減る。世界が終わろうと、仕事場がぶっ飛ぼうと、帰る家が消えていようと、口から何かを入れて嚥下して消化してエネルギーにする、その一連の動作は変わらない。

 

腹が減る。


 終末というのは、巨大隕石が頭の上に降ってくるような、分かりやすいものじゃない。少しずつ狂って、まだ大丈夫、まだ大丈夫と言っているうちに取り返しがつかなくなって、ようやく慌てて、間に合わなくて崩れ始める。そんな、古い時計の最後みたいなものだった。

 腹が減る。残念なことに。お上が全部投げ出して、信じていない神に祈りだしたって、生きているのだから仕方ない。

 最悪なことに、ここ最近天気も悪い。これで青空なら少しは気分が上向くだろうが。どんよりとした薄墨色の空が、またひどく気分を落ち込ませる。


 寝る場所がなくなってしまったので、日がな一日散歩して、疲れたら河原で横になっている。季節が季節ならそのまま死んでいただろうとは思うけれど。なにせホテルに泊まるような余裕も、泊まれるホテルもない。


「あ」


 いつもの散歩コースにあるラーメン屋が、暖簾を出していた。安くて狭いが、美味い店だ。最後に来たのはいつだったろう、一年くらい前か。

 暖簾をくぐると、厳つい顔の大将が、「らっしゃい」と出迎えた。メニューが二種類のラーメンとギョーザしかない。焦がししょう油にネギを乗せるのが、俺のお気に入りだ。

 麺が手に入ったんだ、と大将がちょっと笑っていた。ああ、空腹には重いかと思ったけど、そんなことはない。数日ぶりのカロリーの塊で、泣きそうだ。


「美味い」

「ありがとよ」


 次に食えるのはいつだろう。もしかしたら、ラーメンなんて食うのはこれで最後かも知れない。


「なあ、大将さん」

「なんだい」

「世界が丸ごと終わるとしたら、その日は何を食いたい?」


 眉を上げて、大将は目をぐるりと回す。それから、「あァ」と笑った。


「嫁と一緒に食えりゃ、何でもいいなァ」


 サービスで味玉が出てきた。半熟でとろとろの黄身がまた美味い。


「俺も、家族と食えりゃいいな」


 まだ生きているのは知っている。けれど、公共交通機関の時刻表が意味をなしていないから、会えるかは分からない。

 お代を払って外に出る。胃が重いなんていつぶりだ。墨色の空を見上げていると、何だか、肩にずっと圧し掛かっていたものが、落っこちた気がした。


「もしもし、母さん?」


 アパートの跡地に、まだ自転車が残っていた気がする。


 あんたの好物を用意してるね、と、ちょっと明るくなった声で言われた。俺が家を出てから全く情報がアップデートされていないので、男子高校生が好きなメニューが並ぶことが予想される。

 ああ、うんと腹を減らして、帰ろう。

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