理想郷
たとえば君が、誰にも許されない罪を犯したとして、どうして、それが諦める理由になるだろう。
重機装兵のバディは、実戦部隊でもそこそこのエリートの中から選ばれる。うちのでエリートと言えば、上には極力逆らわない人達だ。僕は、捨てられるように実戦部隊に放り込まれたので、はじめから高尚な思想などなくて、とにかく、都合のいい優等生だった。立派な司令官にはなれない人材。なので、重機装兵のバディにはもってこいだったんだろう、多分。
冷え冷えとした格納庫に、見上げるほどの大きさの重機装兵が鎮座している。何代目か知らないけれど、彼女のナンバリングはCのあとに四桁の数字があった。
「キャシーでいい?」
アクリル球の向こうの少女に言うと、少女は緑色の養液の中で、白い翼を軽く広げてみせた。折れそうな手足と胴、それから頭もすっかり人間の形なので、翼はあまり広げないでほしい。僕だって、年ごろの少年だったりする。
鳥の子。何年か前に発見された、人の近縁種らしい。偉い人の思想や思考なんか知ったことじゃないけれど、彼女を、どうやら、偉い人達は毛嫌いしているらしい。生きているだけで溢れ出す生体エネルギーを、そのまま兵器に流用して搾り取る程度には。
この世界は、狭い。だから、せっせと搾取して、安心しなきゃいけないらしい。
「よろしくね、キャシー」
命を搾り取られる同士、仲よくやろう。
狭い。とにかく、この世界は。重機装兵が立ち上がったら空に頭が付くほどで、どこもかしこも、せせこましく区切って、大地に名前を付けて、ここは誰の、あっちは誰の、そこは自分のだとかいう。もし空の向こうに、カミサマの世界が本当にあるっていうなら、少しは夢を見られるんだけれど。
『そんなに嫌なら、辞めちゃえば?』
アクリル球に耳を当てると、キャシーがそう言った気がした。きっとそれは、僕にとって都合のいい、ただの幻聴なんだろう。
「ああ、それもいいね」
何のために戦っているのか、僕には理解ができない。けれど、僕達が死んだら、誰かが得をするような気がする。生きていることに感謝しろと言う口で、死を恐れるなと命じる、あんな人達が死んだなら。
警報が鳴り響く中、僕は重機装兵の格納庫に向かった。見張りもみんな逃げていたから、何の障害もなく、キャシーが入ったアクリル球を、重機装兵の本体から外す。床に転がったアクリル球は、レーザーカッターで簡単に切れるはずだ。
粘着質な養液が床に広がって、キャシーのえずく声が聞こえた。僕はキャシーの顔をつかんで、口の中と気管に残っている養液を吸い出す。
「立てる? ここにいたら、君も巻き添えだよ。行って、保護してもらって」
多分、僕は問答無用で殺される。ちっともカミサマなんて信じていなくても、肩書は信者で、兵士だ。
「きっとあっちは、ここより居心地がいいだろうから」
身体を拭いて、白い布を服っぽく着せる。翼はそのまま。大きな目が僕を見た。なんだかんだと一緒にいると、キャシーが言いたいことは分かってきた気がする。
「うん。情報を売ったんだ。軍が強制突入できる程度の、アウトなのをね」
足音と銃声が近付いてきた。僕は実戦部隊の服の襟をきっちり整えて、キャシーに背を向ける。
「バイバイ、きれいな人」
足を動かす。重かった体はぐんぐんと軽くなって、格納庫を出るころには、走り出していた。耳に痛い警報が、右から左から、うるさく脳を揺らす。
金属の板のパッチワークで出来た廊下を、一息で駆け抜けた。その先には窓があって、小さなバルコニーが設置されていることを知っている。そこにある小さな小さな鉢植えを、君が大好きなことも知っている。
傲慢にも、君を不憫と思う。生まれてから一度も、何も知らされないまま兵士に仕立て上げられて、盲目にもなれなかった君。きっと、その命を放り投げることを選んで、幸せだったろう。
だからこそ、私はそれを許さない。
「キャシー?」
驚く君の手を取って、私はバルコニーから跳んだ。鉄錆色の空の向こうに、本当の空があると、私は知っている。背中にある翼の使い方も、知っている。
たとえば誰も、君の行為を許さなかったとして、どうして、それが私の飛ばない理由になるだろう。
連れていこう。君を、カミサマの世界まで。
空は青いのだと知って、空は触れない空間なのだと知って、君は泣いていた。涙を拭う両手を私が握っているので、顔をただ涙が流れていた。
道のない草原を抜けると、ぽつぽつと建物が見えてきた。私はゆっくりと滑空する。やがて、私達は草の上に投げ出された。
人間達は、少し可哀想だ。地上の美しさを、知ることもできないなんて。
「後悔してる?」
君が言う。いつだって、君は私の言いたいことを先回りする。私は首を横に振った。
「僕も」
両手足を広げて、息を吸う。空がかすんできて、それが惜しくて、君の手を握った。段々冷たくなってくる君の手が、少しだけ、握り返してくれたような気がした。




