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雨がやんでしまう前に

 雨の中を走りたくなる日がある。


 そういうのは衝動というやつだから、理屈なんてつけようがない。土臭い夕立の雨の中、河川敷を走った。一週間前におろしたばっかりのスニーカーがひどく汚れるとか、制服のズボンが一晩で乾くかどうかとか、そういうことは全く頭の中になかった。

 走るだけ走って、川にかかる橋から橋までを走り切って、大きな木の下に無造作に座った。投げ出した足が、少し重たくなったようで、体力の衰えを感じる。


「やあ少年、青春してるねえ」


 そんな自分の耳元で、声がした。

 俺は驚いて飛び上がる。心臓が肋骨にぶつかったんじゃないかと思った。誰もいないと思っていたのに、俺の後ろに、女子高生がいた。

 うちの学校のではないけど、見覚えのある制服だった。ちょっと重たげなブレザーと黒一色のスカートは、近所の元女子高のそれだ。

 雨の中を走るのが青春なら、誰でも青春できる。俺のは衝動で、鬱憤を晴らすための自傷行為みたいなもので、爽やかな青春とかじゃない。


「ふふん。分かる、分かる。理想と現実の乖離ってやつだよね」

「何なんだよあんた」


 少し雨が強くなってきた。雷が来る前に帰ろうと、俺は立ち上がる。


「自殺すんなよ」


 気軽な挨拶みたいに、俺の背中に声が投げられた。

 別にそんなつもりもないのに、ちょっと失礼だと思った。



 中学からの友達にしつこく誘われたので、部活の見学に行った。結局、怪我が悪化してもあれだし、と入部届は書かなかった。

 あの河川敷を歩いていると、ずっと適当な話をしてたそいつが、改まった顔で手を打った。


「お前さ、あの橋に幽霊が出るって知ってるか?」

「ハア?」

「去年の冬に、欄干で首吊ったんだってさ。雨の日にだけ見えるらしいぜ」


 そういえば冬服だったな、と、誰もいない欄干を見ながら思った。



 雨の中を走る。少し前から降り出した雨はどんどん強くなって、まだ明るい時間だっていうのに空は墨色だった。

 あの河川敷から、橋の欄干が見える場所まで来た。もう少し、というところで、俺の足が俺に牙をむく。右足を捻って、俺は、走ってきたそのままの勢いで、河川敷の坂道に突っ込む。右手から着地して、肩、背中、それから尻。


「いっ……てぇ……」


 器用に転がり落ちたからか、最初の着地以後の衝撃はさほどじゃなかった。それでも右手はじんじんと痛いし、ちょっとしばらくは動きたくないが。


「何してんの、少年」


 呆れたように、あの女子高生が俺を見下ろした。


「……少年って言われるほどトシ離れてねーじゃん」


 季節外れの冬服で、確かに肌も生っ白い。髪が長くてよく見えないが、首には縄の痕とかあるんだろうか。


「で? わざわざ雨の日に、心霊スポットに何の用?」

「あんた、怪我で部活辞めたんだって?」


 半年くらい前のネットニュース。遺書のない自殺の理由に、色々な憶測が飛び交っていた。その中で一番多かったのは、活躍を期待されていた部活と、再起不能に近い怪我の話だ。


「……そうだよ。それで?」

「その……俺も怪我で部活辞めたし、成仏できないんだったら、話くらいはって」


 その場で考えた理由を言うと、見透かされたように鼻で笑われた。


「別に、部活だけが理由で自殺したんじゃないし」

「……悪い」

「んーん。でも、成仏できそう」


 白い指先が俺の額をはじく。と、まだ痛かった右手が、すっと痛まなくなった。


「走ってきてくれたんでしょ。雨がやむ前に」


 俺は体を起こして、背中の草を払う。ちょっと冷静になって、今までの自分の行動が恥ずかしくなってきた。


「青春してるねえ、少年」


 そんなからかい口調に、顔が熱くなる。確かに、今日の俺の行動を振り返ってみると、漫画の主人公並みの行動力だったと思う。


「いいじゃん。長生きしろよ」


 一度も顔は上げていないのだけど、その言葉を最後に、消えた、と分かった。

 しばらくして、雲の切れ間から差し込んだ夕日が、橋の欄干を照らした。

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