ニンフェ・ギフト
錬金術の生成物には、まれに自我が芽生えるものがある。魔力の結晶から生まれる生物は、そのほとんどが妖精に分類されるが、錬金術の生成物は、物理的身体を持つ第二種妖精となる。第二種妖精は、ほとんどが短命だ。生まれ落ちればもって半月、あとは抜け殻の体だけが残る。
以上の知識を、ボクは錬金術や魔法薬学の授業でしつこく聞かされていたし、第二種妖精が生成されたら、すぐに教師に提出するように厳しく言われていた。
ボクの掌には、今、小さな小さな少女がいる。両手は白くて華奢で、きゅっと指先でつまめば折れてしまいそうで。両足の先は削れて尖っている。双眸と、全身を包めるくらい長い髪、それから削れた足の内側は、澄んだ空色だった。
「あなた、わたしを作ったの?」
「え、えっと、いや、違うと思う」
「そう。わたし、ミシャ・オーラ・スターステーラ・アクアオーラよ。あら? ふしぎ。わたし、自分の名前を知っているわ」
ミシャ。それだけは確実に覚えた。宝石でできた妖精なんだろう。外見よりも少し重たくて、尖った毛先と足先が、ちくちくと掌をつついていた。
ミシャは、先生に回収された。けれど、怒られるのを承知で、ボクは毎日ミシャに会いに行った。
「あのおじいさん、毎日毎日、しかめっ面でわたしをじいっと視るのよ。失礼しちゃう」
窓際に置かれた小さな鉄鍋の中で、ミシャは薄黄色の液に浸っていた。
「それより、今日はどんなおはなし? 夜までいられるんでしょう?」
ボクが抱えている絵本を指差して、ミシャは水面をぱしゃぱしゃと叩いた。
「うん、今夜は外泊の許可をもらったから。さいごまで、一緒だよ」
今夜は月蝕。月の力がいっとう弱まる日。ミシャの命は今日までだ。
下校を促す鐘が鳴って、窓から見下ろした道を、ぞろぞろとみんなが帰っていく。ミシャはガラスに両手を当てて、それを眺めていた。
「ねえ、どうして、君は寂しそうじゃないんだい」
「あら、どうして、寂しそうにしないといけないの?」
ミシャが指差したので、ボクは窓のカギをあける。ミシャは窓枠に手をかけて、くるりとターンする。広がった髪から、きらきらした光の粒が零れた。
ボクは実験室から丸椅子を持ってきて座っていたわけだけど、そうすると、ミシャ越しに大きな月が見えた。いつもは青白くて涼やかな光なのに、その日は、太陽にも似た橙色だった。
「ねえ」
「うん」
ミシャは、ボクに向かって飛び降りた。大慌てで差し出した掌の上から、ミシャはボクを見上げている。
「わたしを拾って、月の光をくれて、毎日お話して。そんなあなただから、あげたいの。私が知ってる、いちばんきれいなもの。受け取ってくれる?」
見上げた月が、欠け始めていた。ボクは窓枠にミシャを戻す。
段々と、月の光が弱くなっていく。けれど、欠けていく月を背負うミシャは、今までで一番綺麗だった。
白い足と腕の先が、透けてくる。長い髪がオーロラのように広がって、髪束の先端が、鉄鍋をカリカリと引っ掻いた。
月が半分まで欠けた。
「本当は、ギフトをあげようと思ったけれど」
いつの間にかボクは椅子から立って、窓枠に両手をかけていた。もうほとんど見えなくなった月が、まだかすかにミシャを照らしている。
「やっぱり、あなたには似合わないみたい」
ミシャの唇が、ボクの額に、たぶん、触れた。途端にずしりと体が重くなる。ボクが窓のこちらに崩れ落ちるのと、ミシャが窓の外に消えるのは、ほとんど同時だった。
ひっくり返った鉄鍋の中身が、ボクの前に広がっている。扉の向こうにいた先生が、その音で駆け込んできた。
「よかった。ギフトを貰わなかったんだな。よかった」
先生が、ボクを両腕で抱きしめて言っていた。
毒。妖精に魅入られ、連れていかれることをそう呼ぶのだと、いつかの授業で聞いていた。けれど、ミシャに会ってつい今の今まで、すっぽりと頭から抜け落ちていた。
しばらく先生の部屋のソファでぼうっとしていると、先生が、布に入った何かを持ってきた。ミシャの遺体が中に入っていると分かって、ボクはそれを受け取ることを拒絶した。
「いちばんきれいなものは、もらいましたから」
ボクは、まだ濡れている両手をぎゅうっと握った。




