表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/100

ニンフェ・ギフト

 錬金術の生成物には、まれに自我が芽生えるものがある。魔力の結晶から生まれる生物は、そのほとんどが妖精に分類されるが、錬金術の生成物は、物理的身体を持つ第二種妖精となる。第二種妖精は、ほとんどが短命だ。生まれ落ちればもって半月、あとは抜け殻の体だけが残る。


 以上の知識を、ボクは錬金術や魔法薬学の授業でしつこく聞かされていたし、第二種妖精が生成されたら、すぐに教師に提出するように厳しく言われていた。

 ボクの掌には、今、小さな小さな少女がいる。両手は白くて華奢で、きゅっと指先でつまめば折れてしまいそうで。両足の先は削れて尖っている。双眸と、全身を包めるくらい長い髪、それから削れた足の内側は、澄んだ空色だった。


「あなた、わたしを作ったの?」

「え、えっと、いや、違うと思う」

「そう。わたし、ミシャ・オーラ・スターステーラ・アクアオーラよ。あら? ふしぎ。わたし、自分の名前を知っているわ」


 ミシャ。それだけは確実に覚えた。宝石でできた妖精なんだろう。外見よりも少し重たくて、尖った毛先と足先が、ちくちくと掌をつついていた。



 ミシャは、先生に回収された。けれど、怒られるのを承知で、ボクは毎日ミシャに会いに行った。


「あのおじいさん、毎日毎日、しかめっ面でわたしをじいっと視るのよ。失礼しちゃう」


 窓際に置かれた小さな鉄鍋の中で、ミシャは薄黄色の液に浸っていた。


「それより、今日はどんなおはなし? 夜までいられるんでしょう?」


 ボクが抱えている絵本を指差して、ミシャは水面をぱしゃぱしゃと叩いた。


「うん、今夜は外泊の許可をもらったから。さいごまで、一緒だよ」


 今夜は月蝕。月の力がいっとう弱まる日。ミシャの命は今日までだ。



 下校を促す鐘が鳴って、窓から見下ろした道を、ぞろぞろとみんなが帰っていく。ミシャはガラスに両手を当てて、それを眺めていた。


「ねえ、どうして、君は寂しそうじゃないんだい」

「あら、どうして、寂しそうにしないといけないの?」


 ミシャが指差したので、ボクは窓のカギをあける。ミシャは窓枠に手をかけて、くるりとターンする。広がった髪から、きらきらした光の粒が零れた。

 ボクは実験室から丸椅子を持ってきて座っていたわけだけど、そうすると、ミシャ越しに大きな月が見えた。いつもは青白くて涼やかな光なのに、その日は、太陽にも似た橙色だった。


「ねえ」

「うん」


 ミシャは、ボクに向かって飛び降りた。大慌てで差し出した掌の上から、ミシャはボクを見上げている。


「わたしを拾って、月の光をくれて、毎日お話して。そんなあなただから、あげたいの。私が知ってる、いちばんきれいなもの。受け取ってくれる?」


 見上げた月が、欠け始めていた。ボクは窓枠にミシャを戻す。

 段々と、月の光が弱くなっていく。けれど、欠けていく月を背負うミシャは、今までで一番綺麗だった。

 白い足と腕の先が、透けてくる。長い髪がオーロラのように広がって、髪束の先端が、鉄鍋をカリカリと引っ掻いた。

 月が半分まで欠けた。


「本当は、ギフトをあげようと思ったけれど」


 いつの間にかボクは椅子から立って、窓枠に両手をかけていた。もうほとんど見えなくなった月が、まだかすかにミシャを照らしている。


「やっぱり、あなたには似合わないみたい」


 ミシャの唇が、ボクの額に、たぶん、触れた。途端にずしりと体が重くなる。ボクが窓のこちらに崩れ落ちるのと、ミシャが窓の外に消えるのは、ほとんど同時だった。


 ひっくり返った鉄鍋の中身が、ボクの前に広がっている。扉の向こうにいた先生が、その音で駆け込んできた。


「よかった。ギフトを貰わなかったんだな。よかった」


 先生が、ボクを両腕で抱きしめて言っていた。

 (ギフト)。妖精に魅入られ、連れていかれることをそう呼ぶのだと、いつかの授業で聞いていた。けれど、ミシャに会ってつい今の今まで、すっぽりと頭から抜け落ちていた。

 しばらく先生の部屋のソファでぼうっとしていると、先生が、布に入った何かを持ってきた。ミシャの遺体が中に入っていると分かって、ボクはそれを受け取ることを拒絶した。


「いちばんきれいなものは、もらいましたから」


 ボクは、まだ濡れている両手をぎゅうっと握った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ