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 雨が降っている。


 カーテン越しに見える薄墨色の空から、とめどなく雨粒が落ちてきている。窓を開けて掌に雨粒を受ける。少し生ぬるいような。

 ああ、もう、雨が冷たい時期は終わったのか。とすれば、この海ももうじき温くなるだろうか。

 僕は浮遊椅子から立ち上がって、窓の外に出た。バルコニーのすぐ下に水面があった。今日は、ずいぶん満ちている。

 小さな円形のゴムボートが、前の道を通ってきた。お隣さんが乗っている。


「買い出しのついでに寄ったのよ。はい、回覧板」

「どうも」


 バルコニーから身を乗り出して、僕は回覧板を受け取った。お隣さんは、小さなオールですいすいとボートを漕いでいく。あっという間に角を曲がって、その姿は見えなくなった。

 雨だっていうのに、元気だなあ。

 そう呟くと、母さんに怒られた。雨を理由になんてしたら、もう半年は出かけてないことになるでしょう。うん、確かにその通りだ。

 特売品を買ってきて、とオールを投げてよこされた。ああ、仕方ない。今日のマーケットはどのあたりだっけ。

 基礎を立てるのはお金がかかるし、大荷物を運送会社に頼むのは手間だとも分かる。けれど、移動マーケットは住民にとっては結構面倒だ。

 ゴムボートに乗って、カバーをかける。雨の音が、ずっと近くになった。

 水面のすぐ下を、優雅に魚たちが泳いでいる。僕はその群れにオールを突っ込んで、外へと漕ぎ出した。住宅街を抜けるまでは、少し操舵が面倒だ。なにせ、道幅が狭いものだから。けれど、基礎が立っていて波が穏やかな場所に住宅が集まるのは、仕方のないことだ。


「ふう」


 住宅街を抜けると、視界がぱっと開けた。目印の背の高いブイが点々とあって、道路代わりに、ウキが連なったロープがずうっと浮かんでいる。確か、水泳のコースロープとか言うんだったか。水泳は学校の必修だけど、それは生きるために必要なことで、走るのを練習するくらい大事なことだ。だから、歴史の授業で、小さなプールにわざわざ水を張って、コースロープでせせこましく区切って泳いでいたという話を聞いて、それだから、泳げない人間は淘汰されてしまったんだろうと思った。泳げたら、生き残れたに決まっているんだ。


「ああ、ようやくついた」


 マーケットでボートから降りて、レンタルの浮遊椅子に乗る。こうして歩き回るときだけは、足にちゃんと骨があった時代の人類が羨ましくなる。この二本の足がしっかり床を踏んでくれたら、どれくらい楽だろう。

 僕は、足のヒレ先でぱしゃりと水面を蹴った。

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