表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/100

エール

 やりなさいと言われたことは全てやってきた。勉強、宿題、塾に習い事。大人が夢見る理想の優等生のようなもの。

 別に勉強が好きなわけじゃない。ただ、勉強していればテストでいい点が取れるので、親に怒られなくて済む。優等生でいれば面倒ごとが起きないと理解してからは、優等生でいることは苦ではなくなった。

 だって、自分で考える必要がないのだから。親が望むように、教師が望むように成長していけばいい。


「あなたの夢は何?」


 面談で聞かれれば、無難に公務員と答えていた。


「そうじゃなくて」


 その答えを突き返されたのは、高一の夏のことだ。


「あなた自身の夢は?」


 多分、多くの優等生がそうであるように、私はそんなものを持ってこなかった。

 例えば、自分の中にそういう意志をいれる器のようなものがあったとして、私はそこに蓋をして、親と教師の期待を乗せている。だからいざそれを退けて器を開いても、何も入っていないし、沸いてきもしない。

 何もなくて、ぞっとした。やりたいことがない。夢もない。だからと言ってこれが嫌だというのもない。ただ、誰かがこちらと指差したらそちらに行くだけのこと。

 だって、それが一番楽なのだから。


 何もない、と答えると、先生は少し笑った。


「……たとえば、これがあなたの心だとしてね」


 先生は、ルーズリーフに丸を一つ描いた。


「ここに、本当に何も入っていないって思うでしょう」


 私は頷く。先生はボールペンで、丸の中に『勉強』と描いた。


「勉強がとてもできますね。それは、ふつうはできることじゃない。それから、委員会も。あなたに任せて失敗したことがない。すごいこと。これは管理能力ね」


 先生は、私の丸の中に次々と書き込んでいく。五分くらいで、丸の半分くらいが埋まった。


「あと半分は、好きに埋めていい」


 好きにと言われても。


「高校生活はこれから二年。大学に行くならさらに四年。好きなもの、嫌いなもの、分からないもの、何でも入れられる。今は学校っていう狭い世界の中にいるんだもの、空っぽって思ってもおかしくない」


 先生は立って、私の前から退く。午後の日差しが差し込む廊下が見えた。


「人生には、正しい道はないんだよ」



 急に自習ノートを捨てたり、塾を辞めたりする勇気は私にはない。

 けど、何となく自分の中にあった焦燥感が、なくなったように思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ