表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/100

好敵手

 大嫌いな相手がいる。


「次は絶対に負かす」

「負けねーし」


 たった八十一マスの盤上での戦争。将を守り切れるか否かの勝負。相手の手とそれに対する自分の手で、気が狂いそうなほどに分岐する未来を読んで、自分の勝ち筋を探す。当然相手も同じことをするのだから、相手の読みに乗らずにこちらの読みを勝ちに繋げなければいけない。


 将棋とは、相手との未来の奪い合いだ。


 子どものころ、両親は共働きで家にいないことが多かったので、保育園や小学校から帰った俺の遊び相手は、じいちゃんだった。野球をやりたいトランプをやりたいという俺に付き合ってくれる一方で、週に二回は必ず公民館に連れていかれた。あいつとは、その頃からの付き合いだ。かれこれ十年と少し。戦った回数は三桁じゃ足りない。けど、あいつに勝てたことは一度もない。



「ケイさ、プロにならねえの?」


 対局が、多分千回と少しを超えたころ、唐突にそう言われた。簡単に言いやがる。


「お前に勝てねえ俺なのに、何でそんな夢見られると思ってんだ」


 盤面に視線を落とす。今はこいつが攻勢、俺はひたすら守りに徹している。守る戦いというのは息苦しい。実際の戦争じゃあるまいし、壁がいつまでも崩れないわけじゃない。


「卑屈」

「うるせぇな」


 三本指で駒を持つそいつの右手は、中指の腹の皮だけ、少し硬い。俺と向かい合っての一時間以外に、毎日毎日、何百回も指していると、何となくわかる。


「お前にリアル将来まで左右されたくねえよ」


 ばちん、と駒が鳴る。俺の手番だ。最近忙しいこいつに合わせて、今は早指しでやっている。制限時間は二十秒。

 可能な手が十あったとして、有効なのは五。それに対してのこいつの反撃がそれぞれ十ずつ、五十。その中で一番こいつが指しそうな手を選んで、それに対処するために今に立ち返って手を選ぶ。

 さあ、お前の手番だ。


「僕の未来はケイが決めたくせに、よく言う」


 十秒で指してきやがった。


「俺に対して負け知らずのお前が?」


 こっちも十秒で指してやる。


「僕の攻撃を持ち時間いっぱい凌げるのは、ケイくらいだぜ」

「そりゃ十年お前の攻撃受けてりゃな」


 加速には加速で返す。


「将が落ちるまで投了しないのもケイくらいだ」

「死ななきゃ負けてねえからな」


 いや、参りましたって頭を下げるのがヤなだけだけど。


「ああ、そんなケイとずっと打ってたから」


 指された一手は、俺の読みにはない。そこから新しく読みをし直して、頭痛がする。


「僕は、こんなに強くなったんだろうよ」


 どう足掻いても、詰んでいた。



 二年くらい前からだと思う。あいつは、専門誌以外の雑誌にも取り上げられるようになって、期待の新星ともてはやされるようになった。


「ケイがプロになるってんならもっとやる気出るんだけどな」

「何でだよ。毎日毎日勝ってる相手に」

「お前にだけは、僕は絶対負けたくない」


 王手の駒に手を伸ばして、そいつは今日も笑っていた。

 ああ、これだから嫌いだ。俺に一度も負けたことがない癖に、慢心なんかしてくれやしない。プロ棋士でも指折りの、超攻撃型将棋。毎日、腹立つくらいに進化していきやがる。


「だからプロ同士で、ヒリヒリする対局をしたいじゃん?」


 今で十分だっつーのに。

 毎日毎日、勝ちたいを積み重ねて、俺が常に一歩遅れている。

 一歩しか、遅れてない程度には自負がある。詰まない一手を勝ち取る能力なら、絶対に負けていない。


「次は絶対に負かす」

「負けねーし」


 いつかその「一歩」を埋めてやるから、覚悟しやがれ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ