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胸焼けするほどに

 首筋を、ごう、とうなりをあげて風がすり抜けていく。見上げた空には、墨色の雲。僕は両手を広げて、その向こうへと逃げた女神に呼びかける。


「逃げないで」


 たとえ幾千万の涙の雫を落としたとして、君の心は晴れないだろう。



 恋愛は罪悪だと、いったい誰が決めたのだろう。人間も動物も、当たり前のように恋をする。生涯のパートナーだとか夫婦のような共同体だとかとでなくとも、心を奪われる対象というのはいるものだ。

 だから僕が彼女に心奪われたのは絶対に悪ではない。ただ一つ。彼女と僕が決定的に間違っていたとすれば、それは、神と人だったということだ。

 恋愛は罪悪じゃない。少なくとも、僕はそう思っている。けれど、根幹が違う生き物同士の恋愛は、ときに罪悪となるらしい。


 だから僕達は逃げた。世界の果てのその先までだって逃げてやろうと笑い合った。隠れたり走ったり、野を越え山越え、世界の果てのこの嶺まで。

 それでもどうやら、世界は僕達を否定したいようだった。それで、大事なものをひとつずつ奪われると、彼女は怯えていた。神様にはそんな理があるらしい。


「あなたから何も奪いたくないから」


 そう言って、彼女は空に昇ってしまった。この嶺はこんなに空に近いというのに、少しも手が届きそうもない。


 けれど。ああ、だけれども。


 僕はそれでも、君以外の全ての神々に否定されても、君に恋をしていたい。魔法なんて使えない僕だけれど。間違いだと認めて引き下がりたくなんかない。罪悪だと言われたとして、はいそうですかと素直にうなずきたくはない。


「君が、それがいいと言うなら、僕にはどうしようもできないけど」


 魔法なんて使えない僕だから。


「僕は君が好きだ」


 言葉が届かないなら、もうどうしようもないけれど。


「胸焼けするくらい愛してみせるから、そばにいて」


 たとえ僕がこの先、両目を抉られて声を失ったとしても、君がいればそれだけで幸せなんだから。

 ごう、とうなりをあげた風が、僕へと吹き降ろしてきた。



 目が覚めると、一人の女性が僕の前にいた。色白で肌つやがよくて、顔立ちは絵画の女神様みたいに綺麗だ。何故か薄い布一枚しか身に着けていなくて、ごつごつした地面の上に座っていて、痛そうだな、と思った。


「あなたは誰?」


 僕がたずねると、その人は泣き出した。僕はあたりを見回して、それから首を捻る。どうしてこんな、世界の果てみたいな嶺に僕達はいるのだろう。何か、大切なものがあったような気がするけれど、胸の中から、その何かがぽっかりと抜け落ちている。

 女の人が僕に抱き着いた。夜が来る前に、山を降りましょうと涙声で言った。


「あなたが手を伸ばしてくれなかったら、きっと、人間の私は生まれてもこなかったの」


 立つように僕の手を引っ張って、その女の人は、涙でぐしゃぐしゃの顔でちょっと笑った。綺麗だった。


「だからね。私が、胸焼けするほどに愛してあげるから、ちゃんとそばにいなさいね」


 雲一つない青空の下のその笑顔に、僕は声が出せなかった。まだ夢の中にいるような、不思議な気分で、僕は彼女に名前をたずねる。女神様とお揃いの、綺麗な名前だった。


「君は不思議な魔法を使えるんだね」


 本当に女神様みたいだ、と僕が言うと、ようやく涙を拭って、「そう?」と言った。

 ああ、だって、さっき初めて見た君に、目を奪われて、瞬きすら惜しいんだから。


 この魔法に、何と名前をつけようか。

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