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 人間は、目に見えず、触れられないものには時に恐ろしく無力になる。

 不作、蝗害、伝染病。命を脅かすものの原因を、人々は、邪なる精霊、「邪精」と呼んだ。あれが原因だと指をさし、祓うための魔法を編んだ。

 目に見えず。触れられもせず。故にこそ防ぐ手立てのない、しかし誰にでも扱い得る魔法。

 音楽である。



 音楽魔法を専門に扱い、旅をして邪精を祓う人々を、吟遊楽人という。技能が必要な専門職であり、故にいつでも手が足りていない仕事だ。


「いるね」


 薄暗い洞窟の前に立ち、青年は弦楽器の弓を暗がりに向けた。剣のごとくつき出された先端の、その先に、紅い目玉が二つ見える。


「あんた、目は見えないのに勘はいいな」


 青年の傍らで、いそいそとオルガンを準備していた少女が、やや呆れたようにそう言った。


「まるで千里眼だ」

「彼らは目には見えないけれど、音はうるさく立てるから」


 目元に包帯を巻いた青年は、すい、と弓の先端を上げる。


「さあリーフィ。準備はいいかい? 彼ら好みのセッションをしよう」

「曲目は?」

「バラードがいいな」


 踵でリズムを取り、青年は、少女、リーフィに笑顔を向けた。


「彼らもそう言っているよ」

「ご随意に、コンサートマスター」


 野外で、薄暗い洞窟の前。人間は二人だけだ。


「では」


 青年が、弦に弓を触れさせた。



 吟遊楽人の音楽魔法は、大きく二つに分けられる。邪精を「観客」として演じられるものと、自分達の楽しみのために演じられるものだ。吟遊楽人ギーダとリーフィの音楽は、その九割が後者であった。こと、ギーダは聴覚に優れている。生まれてから一度も光を見たことがない代わりに、神の生徒とすら言わしめた演奏の腕前と、邪精の鳴き声から好みを推察する能力は、吟遊楽人となるために生まれてきたのだと本人が自称するほどであった。

 精霊とは異なり、邪精は人の言葉を解さない。しかし、ギーダとリーフィのセッションが始まると、それに吸い寄せられるように、洞窟から邪精の影が這い出てきた。


「……いい?」


 ギーダは演奏を止めずに呟く。リーフィは溜息を一つ、表情を引き締めた。


「ちゃんとボクの音を聞くならな」

「聞くともさ」


 言うなり、ギーダは曲を変えた。寄ってきた邪霊を、更に深く音楽に引きずり込む音だ。


「さあ」


 ほんの一小節の休息。リーフィの指が間を繋ぐ一呼吸で、ギーダは邪精達に語りかけた。挑戦的に笑う口元は、普段の柔らかな物腰とは打って変わった獰猛さを滲ませる。


「語り合おうじゃないか、私達の言葉で」



 邪精がその存在を失う瞬間までの、僅かな間。一曲、約四分と三十三秒の、終わりのワンフレーズ。はっきりと目に見えず、触れられず、防ぐ手立てもない邪精は、消える刹那に夢を見る。

 光を知らない青い目が、ハッキリと自分達を捉え、消えろと笑っていた。


「……消えたな」

「消えたね」


 ギーダは、ずり落ちた包帯を掴む。汗を吸った包帯は、結び目がすっかりほどけていた。


「ああ」


 バイオリンをしまい、ギーダは顔をほころばせる。


「楽しかった!」

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