高嶺の花
あの子は背の高い男が好きだそうだ 。
あの子は気遣いができる男が好きだそうだ。
あの子はよく本を読む男が好きだそうだ。
すらりと背が高くて、成績トップで、綺麗な黒髪で、人当たりが良くて、図書館の本を読破するようなあの子には、きっとそれほど立派な男がふさわしいのだろう。
高い高い嶺の上に咲く花は、僕には手が届きそうもない。
「それ、面白い?」
小首を傾げた彼女に見とれてしまって、僕は「うん」とだけ生返事をする。本を閉じて表紙を見せると、「ああ」と笑った。
「いい本だね」
きっと読んだことがあるんだろう。
「読書は好き?」
はす向かいに座って、彼女は本を開く。僕に投げる視線とは全然違う。華奢な手からこぼれそうな、鈍器じみたハードカバーの、透けそうな薄い紙をめくって、蟻みたいに小さな文字を辿る指先。その指先を追うのは、質問している僕になんて、興味を抱きそうもない視線だ。
「うん」
たとえ僕の返答に顔を上げたとしても、その目が僕を見ることはない。それは、僕に対するただの礼儀だ。
「私も好き」
良く知っている。だから、少しでも近付きたくて、似合わない図書館通いを始めた。
「ここの本、みんな読んだんだよね」
「ええ」
こともなげに言った。大きい図書室じゃないけど、三年間通っても読破できる気はしない。
「すごいなあ」
僕には、とてもできない。
「どうして?」
ぱたり、と彼女が本を閉じた。
「私が本を読んでいる間、他の皆は、スポーツしたり、音楽をしたり。私にできないことをしている。私が逆立ちしたってできないことを、みんな、しているの」
彼女の目が、僕を見た。そう分かって、僕も彼女と向かい合う。
その時の彼女の表情は、今でも忘れることができない。いつだって芸術作品みたいに美しかった彼女は、そこにいなかった。
「どうして、私だけ?」
彼女は高嶺の花だった。
誰も昇ろうとしない嶺の上に咲く、一輪花だった。
彼女が髪を切ったので、すわ失恋かと騒ぎが起きた。暑くなってきたからね、とこともなげに彼女は言った。
皆、もうない彼女の髪を思い返して残念がった。なので僕は、新しい髪飾りを買いに行こうか、短いのも似合ってるよ、と言った。




