ボーナストラック
時代遅れの物が好きだった。レコードだとかテープだとか。もっと便利でもっといい音が出るものが出ても、ちょっとレトロなほうが良いんだよと粋がっていた。
最近、CDすら時代遅れ扱いされるようになってきた。レコードもテープも結局高音質に負けて見捨ててきた俺でも、CDは中々手放せない。
今は音楽と言えば一曲ずつ配信で買って、好きな曲だけでプレイリストを埋められる時代だ。耳障りのいいものを好きなだけ。音楽を聞くなんてただの趣味だからそれでも俺は一向にかまわないと思う。その裏でCD屋が百件潰れても、配信サイトが潰れなきゃいいから配信サイトに金を投げればいいだろう。
VHSが絶滅危惧種になって、フロッピーディスクが「上書き保存」のマークになって、イヤホンジャックがアクセサリーを刺すための穴になって、DVDがブルーレイの下位互換になって、CDプレーヤーが物好きのための家電になっても、それを寂しいだなんて思うのは懐古趣味な奴だけだ。
世の中、便利で身軽な方がいい。紙の本は電子本ほどの便利さはないわけだし、ボールペンで原稿用紙に書くようなレポートなんて、考えただけで疲れてしまう。いつでもどこでも板切れ一枚で何でもできる。それが当たり前で、便利だということすら忘れ始めた。その内携帯電話を持つのも重くてかさばって不便だと言い出しそうだ。
話が逸れた。
とにかく時代遅れと言われるものを好む俺なので、家にはもう修理してもらえないCDプレーヤーがあるし、旅先でもプレーヤーは丸くて重くて大きいものを使う。昔ながらのCD屋、なんていうものは近所にないが、新品のCDを売っている店はまだあるので、そこに足しげく通う。欲しいものが無ければ別の店にも行く。
そうして手に入れた円盤は、薄いビニールを剥がす手間すら惜しくて、ようやく箱から出したきらきらする円盤が、プレーヤーに吸い込まれていく音だけで堪らない。歌詞カード片手に耳を澄ます数十分は、俺の人生で二番目に贅沢な時間だ。
先日、十二曲入りのCDを買った。今、その十三番目の曲を聞いている。歌詞カードにも書いていない、トラックナンバーも振られていない。十二曲目の終わりから五秒後に始まる、シークレットナンバーだ。たとえ何千人がこのCDを買っていたとしても、まるで俺だけが独り占めしているような気分になれる。
このボーナストラックを堪能する時間が、俺の人生で一番贅沢な時間だ。




