視界
「人の眼は、あなたが思っているより強い力があるの」
目隠しされたまま、僕は声に生返事をする。声の主の姿は見えないし、目隠しをされているんだけれど、僕の目には部屋の様子が見えていた。
殺風景な部屋だ。僕は目隠しをされた上で、椅子に座らせられて、両手を縛られている。僕の背後には青白いレーザー柵で区切られた区画があって、そこに大きな金属の目隠しを付けた女の子がいた。
「今、何が見える?」
僕は正直に答える。
「あなたの視界です」
きっかけは覚えていない。ただ、この半年くらいだと思う。僕の目は、他人の視界が見えるようになった。正確に言うと、目が合った人が見ている景色が、僕の視界に一時的に重なって見える。だから何か良いことがあったわけでもないし、町中で不意に誰かと目が合うと、視界が混ざって気持ち悪くなったりした。
そういう人は存外世間にいるらしくて、僕がいるここは、そんな不思議な目を持つ人達を保護しているとか。
僕がここに保護されたきっかけは、交通事故だった。と言っても、僕は事故の当事者でも関係者でもない。曲がり角で、運転手とほんの一瞬目が合っただけだ。
本当に、一瞬だった。何気なくちらっと歩道を見ただけだったろう。
けれどその先の交差点で向かいの車とぶつかって、相手の運転手の焦った顔が見えて、鏡にちらりと映った自分の顔も真っ青で、それから、すぐに――――
真っ青になって吐いた僕は、うわ言のように、事故がどうだとか言っていたらしい。
「我々の仕事は、あなたのような能力者を保護し、能力の解明を行うこと。あなたの能力はおそらく、他者の眼を介した千里眼でしょう。あなたに、観てほしいものがある」
僕の目隠しが外されて、椅子が反対に回る。
「彼女の視界よ」
目隠しが外されたので、僕には僕の視界が見えるようになる。その女の子は、真白な検査服のようなものを着ていた。髪は雪のように真白で、腰より下まで伸びている。
「人間の眼の力は、おそらく彼女かその同族からもたらされたものだと考えられている。彼女の目が何を観ているか知れば、意志の疎通が可能になるかも知れない。そうすれば研究は格段に進む」
スーツ姿の女の人が、女の子の金属の目隠しを外した。
女の子の目が開く。白目も虹彩も瞳もない、真っ青な目だった。目が合っているのかも分からない。
「…………」
引きずり込まれそうな眼だった。女の人は緊張した面持ちになる。
「……あ」
目が合った。一瞬だけ、そう確信できた。僕の視界に、あっという間に新しい視界が重なっていく。
青いフィルターがかかったような。
ゲームの画面を見ているような。
監視カメラを通して見ているような。
レントゲンを見ているような。
逆さになって。重なり合って。ねじれて、歪んで、拡大されて縮小されて色が反転してまだらになって。
……。
…………。
吐いた。
それからどういう理由か知らないけれど、僕はその女の子の世話係に任命された。この能力を制御できるようになるまで、この施設で保護されて、研究材料にされるらしい。
目隠しされていて可哀想、と思ったけど、あんな視界じゃ、目隠ししている方が楽なのかも知れない。僕はたまに人の視界を借りて、施設の色んなところを覗いていた。まだ、完全に思い通りには使えないけれど。
「いつか君も、外を普通に見られたらいいね」
通じているのか分からないけれど、晩ご飯の時にそう言ったら、彼女はちょっと笑った。
閉じているその目は今、何を見ているんだろう。




