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シリーズ「サムライ」第二作、「サムライホットブラッド」より

 この世界には、人を殺す怪物がいる。人を辞めた怪物、あるいは人の狂気を具現化した化け物。悪意の具現を、人はマジモノと呼び恐れた。

 しかし怪物がいれば当然、それを倒す人々もいる。藤虎梓焔の兄もその一人だった。


「よー、シエン。元気してたか?」


 ほぼ半年ぶりに会った兄、煌太は、やや痩せたように思った。もとより上背もある方ではないが。


「アニキ、俺よりちっさくなった?」

「お前がでけぇんだよ、成長期め」


 筋張った拳で、軽く胸を突かれる。梓焔は頬を掻いた。兄は四月からトウキョウに勤めている。夏に数日帰ってきたときは目立っていなかったが、手にも小さな傷跡がいくつもある。

 サムライ。そう呼ばれる、怪物と戦う兵士達。梓焔が目指している仕事であり、兄が就いている仕事でもある。子供が虫を踏み潰すように人を殺す怪物と、その身ひとつで向き合う。命を懸けることすら当たり前の条件で、五体満足で引退できるのは五割以下だと聞く。心身共に擦り減らされる仕事、それがサムライだ。



「お前、学校はどうだよ」

「アニキまで親父みたいなこと聞くのな」


 元日の昼、まだ冷え込む道場での稽古を終え、煌太はタオルを梓焔に投げる。冷たい床にうつ伏せに倒れ、梓焔は肩で息をしていた。道場と言っても、家の敷地内にある小さな離れだが。

 床から起き上がって、梓焔はタオルで汗を拭う。外は雪だというのに、まさか汗だくになるまで稽古することになるとは。だが兄はと言えば涼しい顔をしているので、納得がいかない。


「……学校は別に変わりねえよ。アニキの頃と変わってねえんじゃねえかな」

「相変わらずおっかねえ先生方か」


 スポーツドリンクを飲んで、煌太は笑みをこぼした。


「……なあ、アニキ」


 床の上であぐらをかき、梓焔は煌太を見上げる。


「アニキって、親父のこと嫌いだろ?」

「ン……まあ、うん」

「じゃあ、なんで親父と同じサムライになったんだ?」

「……別に、親父と同じだとかは大事じゃねえさ」


 石油ストーブの前にしゃがみ、煌太は息を吐いた。


「親父には昔から厳しく鍛えられたし、うちにはサムライ関連の本がいっぱいあるからそればっか読んで育ったし。使わねえのは勿体ねえなって」

「……ふうん?」

「何だよ、大層な理由があるとか思ってたのか?」


 梓焔は視線を逸らす。


「そういうお前は? 何でわざわざサムライになろうってんだ」

「俺は……別に、アニキもサムライだし、親父もサムライだったらしいし、なんとなく」

「な? 大層な理由なんかないだろう」


 だが、と梓焔は兄の横顔を見遣る。ストーブで火照った頬には、治りかけの傷跡があった。まだ二十歳にもならないというのに、いつ見ても兄は生傷が絶えない。


「……ああ、でも」


 ぽつり、と独り言のように煌太はこぼす。


「春にさ、俺、ちっちゃい女の子を一人助けたんだよ」


 ストーブを見下ろしたまま、煌太は懐かしむように目を細めた。


「例えば、この国で一万人、同じような悲しい目に遭っている人がいて、俺が頑張って、それを九千九百九十九人にできたら。そんな俺と同じ気持ちのサムライが一万人いたら、被害ってゼロになるのかなって」


 立ち上がって、煌太は袖で顔を擦る。そして、にっ、と白い歯を見せた。


「そう思ったら、命かけるのも悪くねえなって」

「……理想論じゃねえか」


 梓焔は唇を尖らせる。


「いーんだよ。理想で。でも俺達サムライはさ、明日も平穏でいられますようにっていう、誰かの願いの代行者だ」


 神棚を見上げて、煌太はぱんぱんと両手を合わせた。


「……ふーん」


 梓焔は立ち上がり、煌太の頭にタオルを投げつけた。


「カッコいいな、くそ」

「なんか言ったか?」

「なんも。俺閉めてくから、アニキ先に戻っていいぜ」


 しっしっ、と追い払うように煌太に手を振って、梓焔は口元を緩めた。

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