吐き気
人間が苦手だ。同じ部屋の中にいると虫唾が走る。
人間が苦手だ。その声を聴くだけでも鳥肌が立つ。
人間が苦手だ。生物として欠陥だらけの肉体に、吐き気がする。
服を着なければまともに生きられないやわな肌は何だ? できの悪い脳味噌は何だ? 都合のいい口は何だ? ぎょろぎょろとでかい目玉は何だ? そうあつらえられた世界の中でしか生きていけない、家畜より脆弱な肉体と幼稚な言動は何だ?
そのくせ、自分を高尚ないきものだと信じて疑わない傲慢さは何だ?
人間が苦手だ。鏡を見るたびに叩き割ってしまわないよう、理性を総動員するほどに。
「アレルギーだね」
三重の格子の向こうから、機械音声に変換された声がわたしに言う。この向こうには先生がいるのだけれど、わたしが「こう」なので、顔も見たことがないし声を聞いたこともない。いつも、ぎりぎりこちらの声が通る格子と、小さなスピーカーの向こうに先生はいる。
「これは現代病さ。精神的アレルギーは僕には治せないよ」
いつもの薬出しておくね、と言われて、わたしは濃いサングラスと大きいヘッドホンを装着した。楽器だけの音楽は、人間の生活音を全て遮断してくれる。
それでも、視線を落とせばそこに人間の肉体があり、何かをすればわたしの両手が目に入る。いっそ目を抉り出せれば楽だろうが、目と耳を失えばまた誰かしらの手を借りなければ生きていけないと思うと吐き気がする。
いつから「こう」なって、いつまで「こう」なのか、考えないこともない。けれど、考えを巡らせるたびに、吐き気がして堪らない。
「アレルギーとはそういうものだよ」
治らないのかというわたしの問への、先生の解答は簡潔だった。
「治る治らないじゃない。そういう体なんだ。そういう心なんだ」
人間アレルギー。
……わたしは本当に「そう」なのだろうか?
「どうしてそう思うんだい?」
そんな、生物として生きていること自体がおかしいものが、病気じゃなくて、アレルギーで片付けられていいのだろうか。
「あなたは人間を害したことはあるかい?」
それはない。人間を害するのは犯罪であるし、人間が苦手だから、極力関わらないようにすれば、害する機会もなくなる。けれど人間は苦手だ。わたしも、人間だというのに。
「……気付いていないなら、言うべきか迷ったけれど」
先生はそして、小さく笑ってから言った。
「あなたは、人並みに、人間が好きなんだよ」
今日もわたしは吐き気に襲われる。
人間は苦手だ。相変わらず、その存在全てにわたしの肉体は拒絶反応を示す。唾棄すべき邪悪のように人間を見下す。
けれど、きっと一生「こう」であっても、わたしは完全に人間の存在を遮断しようとは、思わないのだろう。
わたしが「こう」である限り、それがわたしという存在なのだろうから。




