休日
そうしよう、と思ったことに明確な理由などなくて、ただ、いつも通り改札に触れさせたICカードの残高がちょっと多かったとか、珍しく座れた電車の席が記憶よりふかふかだったとか、その程度のことなのだけれど。
いつも降りる駅で、ぼうっとしていたら電車が出てしまったので、これはしょうがないな、と先輩に休みのメールを送った。人のいい先輩からは即座に、体調不良か、大丈夫かと心配の一報が入ったので、眠たい頭ギリギリで書いたような、簡素で変換も半端なメールを送った。
思えば中学のころから、土曜日と言えば部活で、週休二日の大人がうらやましいほどだった。いや、部活は嫌いじゃない。でも、中学生のころは先輩は大人だと思っていたし、その大人だと思っている先輩が中学生そのままでこちらに向かってくるものだから、軋轢は生まれて当然だった。そんな人間関係が嫌で、好きなはずの部活に行くのが億劫で、だけれど休むのも辞めるのもその後を考えると面倒で、結局だらだらと続けて今に至る。受験を除けば三年とちょっと。他人だった楽器がようやく自分の相方になったくらいだ。部活なんだから努力して当然、上を目指して当然というのは、理解できなくはないけれど、それについていくただの音楽好きの自分では、少し息が詰まる。
自主練に持ち帰る人が多いから、と、流れに乗って持ち帰った楽器を膝に乗せる。家出歯ケースから出すこともしなかった。
部活は嫌いじゃない。高校になってからは人間関係で悩むことは、少し、減った。
嫌いじゃないけど、毎日授業の後、毎週土曜の午前、その時間を、ちょっとだけ別のことに使いたいと思うときがある。
ひと眠りしたら、名前を知らない駅に着いていたのでそのまま降りた。
海が見える駅だった。改札を出て、駅前の道を五分も歩くと海沿いの道だった。少し高い防波堤に昇ると、閑散とした砂浜が広がっていた。オフシーズンだしこんなものだろう。けれど、砂浜はそこそこ白くて、ゴミは少なくて、空は呆れるくらいに青かったので、このまま写真にしたら、さぞ綺麗だろうな、と思った。
どうしてここに来たんだっけな、と思って、そんな理由なんてなかったことを思い出す。染みついた動作でそっと楽器ケースを置いて、開いて、組み立てて。海風は楽器に良くないから、帰ったら念入りに拭かないとな、なんて少しだけ後悔して。
特に理由はないけれど、海に向かって、吹いた。音程も音の大きさのバランスも知ったことじゃない。誰も聞いていないからいいだろうって、そんな気持ちで。
部活が終わる時間を過ぎたから、そろそろ帰ろうかと駅に戻った。人のよさそうな駅員が、楽器ケースを見て「上手だったねえ」と言ったので、少し上機嫌で電車に乗った。
ああ、結局、その一言くらいの褒め言葉が欲しかっただけなんだな。




