映画館
好きな漫画が劇場版になるというので、数年ぶりに映画館に行った。ショッピングモールの最上階の端にある、妙にだだっ広くて薄暗いフロアだ。見知らぬ人と共有すべき大きさだけれど、人がいると座りづらい、そんな絶妙な大きさのソファと、足がつかない背の高い椅子とテーブル、流行りの映画のパネル。ホットスナックやら飲み物やらが売られているカウンターの近くには、量り売りの駄菓子の棚がある。
チケットが完全機械発券になっていると知らず、がらがらのチケットの列を律儀にロープを辿って最前列まで行って、自分の前の人の操作をじっと見ていた。一応、近くにスタッフさんは控えているのだが、機械が四台もあり、平日の半端な時間なので何だか年配の人が多い。文字で懇切丁寧に説明してくれているので、日本語さえ読めればいい親切設計だった。しかし、最近の映画館は自分の席が指定なのかと少し驚いた。
私の記憶にある映画館と言えば、三十分前ほどから行儀よく階段に並んで、開場したらいい席を確保して、始まる前にトイレへ行って、肘掛けのどちらを使うかを少し悩みながら、結局膝の上にポップコーンを乗せて、半分も食べないで口を開けっぱなしで銀幕を見上げているものだった。残ったポップコーンを食べながら、映画の誰がカッコいい何がすごいと語彙の足りない感想を言って家路につく。
地元の駅前の、なんだかという変わった名前の映画館だった。もうずいぶん行っていないので、今はあるのかも分からない。
かたん、と軽い音で落ちてきたチケットを取り、映画の名前と時間、座席を確認する。QRコードまで印刷された一枚のチケットは、どうやら半分にはもぎれないようだ。
開場までの時間を見て、パンフレットを買った。私の兄は、パンフレットは必ず買うのだけれど、終わるまで決して、一ページたりとも開かない人だった。終わった後、私がポップコーンをまだ食べているときに、齧りつくようにして読むのだ。あれは映画の新鮮な記憶を反芻して、脳に焼き付けていたのだと、今なら何となく理解できる。
買ったパンフレットはそのままビニール袋ごと鞄にしまって、適当なソファに座ってぼんやりと、行き来する人々を眺めていた。今時は、スマートフォンという便利なものがあるので、誰もかれもいつも何かを注視している。だから、何を見ているともない私の行動は、よほど、暇そうに見えたろう。いや、そんなに他人を見ている人間もいないだろうが。
開場の時間が近づいて、思ったよりも楽しみになっている自分に、少しだけ素直になることにした。
「キャラメルポップコーンのドリンクセット、ホットのカフェラテで」
列が長くなる前に買ったセットをお供に、私は劇場の入口へと足を向ける。
チケット一枚で入れるゲートの向こう。きちんと区分けされた八つの部屋と整然と並んだ椅子。外部情報を遮断して没入できる、一番身近な非日常。
ああ、ワクワクしてきた。




