蟲
誰もが、腹の中に虫を飼っている。
そう気付いたのは、高校生くらいだろうか。大口を開けて俺を罵る誰かをぼんやり見上げていた時だった。バカみたいに開いた口の中に、目玉が飛び出した、カマキリの頭のようなものが見えた。俺が泣きそうになっているのを口の中から見下ろして、けらけら笑っていた。どうしようもなく腹が立って、腹が立って、思わず口に拳を突っ込んで、そいつの頭をもぎ取った。
手の中で動かなくなった頭を放り投げると、虫の主は魂が抜けたような顔で俺を見上げていた。汚れた手を洗って部屋に戻ってくるまで、そいつは一度も声を上げなかった。
それ以来、人の口の中に虫が見えるようになった。まさかいちいち口に手を突っ込んで引きずり出しはしなかったが、人の声と虫の鳴き声が重なって聞こえるので大変不快だった。最初にカマキリの頭をもぎ取った奴は、それからすっかり大人しくなってしまって、むしろ俺を怖がって避けるようになった。毒親の典型みたいな奴だったので気にもしなかった。
口の中の虫は、どうやら腹に宿っているらしいと知った。俺の喉から腹にかけて、たまに、変なものが詰まったような感覚がある。大抵、感情が大きく動いたときに感じるので、多分、俺の中にも虫がいる。けれど鏡を見て大きく口を開けても、見えやしなかった。
大学に入って、親がいない家を手に入れてようやく自由を実感した。それでも周りの奴らの口には虫が見えた。気にしていないつもりでも、毎日、毎日、毎日毎日毎日虫の金切り声を聞かされると、頭がおかしくなりそうだった。
あの虫は一体何なんだ。
先日、アルバイトで嫌なことがあったので、発散しようとカラオケに行った。けれど発散しようとすればするほど、理不尽な言動が思い出されて仕方ない。
がさ、と口の中に嫌な感触がして、俺は眉間にしわを寄せる。と、スピーカーから金切り声が聞こえてきた。
俺はマイクを取り落とす。壁の鏡を見て大きく口を開けると、そこにカマキリがいた。
卵が孵った。そう、唐突に理解させられた。




