君がいない世界で
時代遅れの通信機をいじくりまわして、どことも知れない誰かに声を投げる。返事のない電波の挨拶は、どこへと飛んでいくのだろう。
大切なものを大切とも思えずに、捨てていくばかりの人生だった。僕が落とした大切を、君が片端から拾って持ってくるものだから、それが大切だと気付けもしないでいた。
そんな僕だから、君がたくさんの大切を抱えたままで死んでしまったとき、ようやく、拾い上げられないくらいに重くなった君に気付いた。君が抱え込んだ僕の大切が、すっかり君の腕の中に収まっていて、拾おうとすると君が見えるので、どうしても持ち上げられなかった。
薄暗い部屋の片隅で、僕は通信機に向かって話す。返事が来ない、一方通行な会話の真似事。それでも、この世界の奇特な誰かが、聞いてくれたら、鼻で笑って欲しいものだ。
君がいなくなって今年で何年だろう。君の代わりなんてどこにもいないものだから、僕は日々、死んだように生きている。起きて働いて食事をして寝る。息を吸って吐くだけのような日々だった。君の趣味だった、時代遅れの通信機と、君が一枚だけくれた写真。それが僕の世界、唯一残った大切なものだった。
『人はいつか死ぬし、思い出だってあってないようなものなんだから、写真なんて』
そう言っていた過去の自分が憎くなる。スマートフォンにたくさん入っていた写真は、君が抱えたまま、データの海に消えてしまった。
戸籍。SNS。マイナンバー。君がいた印は、紙切れ一枚でなくなっていく。更新されなくなったSNSに、どこの誰とも知らない奴からお悔やみの言葉が届く。何も大切にしてこなかった僕だから、彼女の家族からも嫌われていて、彼女の荷物も何もかも、すっかり我が家からはなくなってしまっていた。
唯一残されたといえば、そう、リビングの、僕と向かい合って座る椅子くらい。
「……思い出なんて」
何もかも、捨てることしかできない僕だったから。
僕は生きていけるだろうか。君がいないこの世界で、君の思い出を抱えたまま。




