秋と言えば黄金色のあれ
田舎にやってくる焼き芋屋は、よく創作物に出てくるように「い~しやぁ~きいも~オイモッ」なんて言わない。「ピ――――――――」と心肺停止かと思うような音を垂れ流しながら結構なスピードで通り過ぎていく。田舎なんでそりゃあ人もいないし、来るのはたいてい夕暮れ時だから畑仕事も終わっている。人が見えなきゃさっと通っておしまいだ。
ところで私は今、夕飯まであと二時間というところで大変空腹だ。冷蔵庫を開けて何かさっと作るだとかカップ麺にお湯を注ぐだとかすればしのげるけれど、それより私は芋が食べたい。そう、焼き芋だ。週に二回くらいしか通りかからない焼き芋屋を待ち構えている。神社の十字路の方から来たら、急いで出ないと止められない。お寺の方から来たら、音が聞こえてすぐ出れば間に合う。
道で待っていれば良いんだけれど、流石にご近所の顔見知りの前で千円札を握りしめて待っているのはちょっと恥ずかしい。
ところでもうすぐ、普段なら通りかかる時間だ。けれど今日は全然聞こえてこない。もしや今日に限って来ない? いや、私の焼き芋に対する執念を舐めないでほしい。週に二度来るたびにカレンダーにチェックをつけて、木曜日に来ることが最も多いことは知っている。
さあ来いと待ち構えていた私の背中を叩いたのは、電話のコール音だった。あいにく祖母は今日明日と、友人達と温泉旅行に行っている。外向けの声で電話を取ると、隣県の親戚だった。うげ、と内心呻く。正月に来るといつも、喋り通しの叔父さんだ。よくそんな話のタネが尽きないものだと思うし、もしかして話していないと呼吸できないんじゃないかと思うことすらある。勝手にマグロ叔父さんとあだ名をつけている。
案の定どうでもいい話が始まった。隣県の知事選とかいう多分一生気にしないであろう話題を五分程度聞き流していると、ようやく本題らしいところに辿り着いた。次の正月は三が日の後に来る。じゃあそれだけ言え。
そこからまた何で三が日の後なのか、いつもは二日に行くようにしていて、それから妻の実家にも顔を出してから帰るんだけど、今年は云々とよその家庭事情を延々聞かされることになった。
実は本題の二分後くらいから、「ピ――――――――」というのが遠くから聞こえていた。ので私は一刻も早く外に出たいし、よそ様の夫婦喧嘩の理由なんてもう本当に、今日見るつもりのテレビの合間に流れるCMに出ている俳優の名前よりもどうでもいい。それでも丁寧に話題を切り上げて、丁寧にあいさつをして、丁寧に受話器を置いた。私、えらい。
外に飛び出すと、もう焼き芋屋は十字路まで行っていた。あそこから右折して、田んぼの向こう側に行く。流石に自転車でもないと追いつかないし、自転車を出している間に多分見えなくなる。
しかしここで天が私に味方した。いつも通りのつもりで縦の道を通り抜けようとしていたんだろうけど、今日そこには軽トラが停まっている。走れば、間に合うかもしれない。
焼き芋屋がいる道へ駆けだす。焼き芋屋は、右折しようと出していたウィンカーを消した。よっしゃ、と何となく勝った気持ちで走り出す。あと多分三十メートルくらい。
けれどウィンカーを消した焼き芋屋は、そのまま、普段通らない細い道を直進していった。片側はガードレールがない用水路で片側は塀という、田舎を体現したみたいな私道だ。
「……ええ……」
オマケにその道は曲がりくねっている。私は千円を握ったまま、あっという間に見えなくなった焼き芋屋の、遠くで鳴っている音を聞いていた。
「マグロのせいで芋を逃したの!」
夕飯前、不機嫌な私に何かあったのかと母が言ったのでそう返すと、今晩お肉でごめんねと言われた。そうじゃない。
豚の生姜焼きは美味しかった。




