ポテトMサイズ150円
放課のチャイムが鳴って、肩を叩かれた。
「自習室行こうか」
受験期の今は、図書室もどこも、学生がいる。放課後になると教室のエアコンは止められてしまうので、快適な勉強空間とは言い難かった。僕は「いいよ、帰る」と彼女に返事をして、荷物を鞄に放り込む。部活で毎日二つ鞄を持ってきていた時よりよっぽど重い、参考書とノートで埋まった分厚い鞄だ。
「じゃあ私も帰ろうっかな」
「部活に顔出すんじゃなかったのか」
「んー、いいよ。あんまり先輩が行き過ぎても邪魔っしょ。一年とか関り薄いし」
文化部のことはよく分からないけれど、吹奏楽部は実質運動部らしいから、確かにいなくなった先輩があんまり来ると、人によってはうるさいと思うこともなくもない。
「明日の小テストどこだっけ」
「数学? ちゃんと授業聞いてろよ」
「挨拶から今まで爆睡してたやつがよく言う」
僕のノートを勝手にめくって、宿題のメモを写真に撮ってから突っ返す。この遠慮のなさは確かに後輩に嫌われそうだな、と失礼なことを考えた。
「ああ、ゲームしてぇ……ポケモン新作出たじゃん」
「分かるー。けど私前の模試ヤバかったからなー……サボってたら親にぶんなぐられそう」
「殴んの?」
「わかんね。ウチではいい子だし」
模試がヤバいのにいい子なのか。
ようやく帰り支度が終わって、僕と彼女はそろってバス停に向かう。夏が来るのが遅かった今年は、秋は息をしていないし冬はまだ来ない。そのくせ台風はバカみたいに来る。さっきだって雨が降っていた。
バスの中で英単語を聞いて、帰ったら晩御飯の手伝いをして、明日の数学のテストの準備をして、問題集を三ページ進めて、古文の予習をして、物理の課題を片付けて。酒飲んで楽しそうな父親が憎らしくなるくらい、ここのところ忙しい。大学受験は人生で一番勉強するんだって聞いたけど、それにしたってだ。誰もかれも殺気立ってる。
「なあ」
僕が降車ボタンを押すと、彼女は驚いたみたいに僕を見た。降りるバス停まではあと三つある。
「寄り道しない?」
「もうボタン押してんじゃん、バカ」
確かにちょっと卑怯だったと思う。けどここでフラれて一人ぽつんと降りるのも、最強に間抜けだけど耐えられなくはない気分だ。それくらい、今僕はバスの中にいたくない。
いつもと違うバス停に降りて、道路の向かいのファストフード店を指差す。
「母さんにクーポンもらったんだ、友だちと行けってさ」
「珍しいじゃん、道草なんてさ」
歩道橋を上って、僕は、夕日に照らされた街を見下ろした。
「まあ。でも」
僕が指差した方を見て、彼女は目を少し丸くした。
夕日と反対側の街に、大きな虹が架かっていた。
「高校生で、暗くならないうちに帰れる日数って、少ないだろ?」
部活が嫌だったわけじゃない。むしろ三年間続けてよかったと思う。しんどかったけど、思い返せば楽しかったと言えるんだから。文化祭の準備で遅くまで残ったり、テスト前に気合だけで施錠ギリギリまで教室に残ったりもしたっけ。全部楽しかった。楽しかったんだよ。でもそれはそれとして、放課後の自由時間っていうのも全部楽しみたいんだ。
何年後に僕が大人になっているかなんて知らないけど、その時に思い返して、やっぱり楽しい高校時代だったって思えたら、素敵じゃないか。




