しゃぼんだま
拝啓
こちらは毎日寒い日が続いていますが、いかがお過ごしでしょうか。私は変わりなく、以前からの恋人と過ごしています。ついぞ彼氏の不満など言ったことがありませんでしたが、今日は、お母さんに私の彼氏の話をいたします。
私の彼氏は空気が読めません。
私は昔から、生真面目だせっかちだと言われておりましたが、彼氏は十人が十人、おっとりしていると言います。
おっとりしているのは事実なのですが、それより、私は彼氏が空気が読めないことが気になって仕方がありません。
仕事から帰ってきて、ああ疲れた、もう眠ってしまおうと思うと、いつも出さないような大声で私を呼び出して、何だと思えば、何でもないよ、と笑うのです。私はすっかり目が冴えてしまって、そのまま、彼氏が狩ってきたケーキを冷蔵庫にしまい込んで、布団に潜り込むのです。
お母さんに会いにゆこうとい準備をしていると、どこかへ出かけたかと思えば、大きな塊肉など買ってきて、明日の夕飯にしようとのたまいます。ふたりで肉の仕込みをさせられて、会いにゆく機会を逃してしまいました。
あげく、私が料理が好きでないのはお母さんも知るところでしょうが、冷蔵庫にぎりぎり入るくらいのぬか床を作り始めて、何を漬けようかなどと聞いてくるのですから、呆れてしまいます。
つい昨日も、ようやくお母さんに会いにゆく準備を整えたところ、いつの間にか後ろにいて、
「それ、明日でもよくない?」
などと言いました。
こんな無神経な物言いをされれば、平常の私は怒るのですが、後ろから抱きしめられてしまい、そんな気持ちも萎えて、彼氏と一緒に片付けをしました。
こんな調子ですから、もうしばらくは、会いにゆけないかと思います。
先ほど彼氏の実家から、冬の野菜と、私宛の着物が一着届きました。彼氏のお姉さんのお古を直したそうで、夏に着られる浴衣です。夏にいらっしゃい、きっとあなたに似合うでしょう、と一筆も添えてありました。
夏まで生きてみようと思います。
敬具
天国のお母さんへ 娘より