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二丁目のトマソン


 我が友人たる飛山(ひやま)氏より、「ちょっと行きたいところがある」と誘いを受けた。配達人との事故の同日、放課後の事。


 僕と彼は二人連れ立って、土瀝青(アスファルト)に舗装された路地を歩いている。

 魔導書のやつは喋りたくて鞄の中でバタバタと暴れているが、飛山氏に本の長話に付き合わせるのは気が進まないのであった。

 飛山氏は飽き性故のことである。


 さて、友人飛山氏は噂好きである。三度の飯より噂好きである。

 特にとことん信憑性のない噂が大好きな変わり者だ。ゴシップ記事よりオカルト情報誌を好む程。

 三度の不倫よりUMA好きである。ただのオカルト好きとも言う。


「学校から少し行ったところに、変な階段があるらしい。飛び降り自殺の名所なんだと」

「階段? 屋上とかじゃなく?」

「階段。階段の怪談だ」


 会談し階段の怪談に関し快談している我々だが、飛山氏も件の階段について、()して詳しくは無いらしかった。


「自殺の名所だったら、もう少し聞こえていると思うのだけど」

「話題になってたらただの自殺名所だぜ。話題になってないからこそ面白いんだ」


 彼の多角的視点を駆使した言い回しには常々感服する限りであった。只の屁理屈とも言う。


「確かこの辺……」


 しかしぐるぐると道を歩き探すが、これといった建造物は見当たらぬ。

 暫くして、飛山氏がアパートメントとマンションの隙間より、それらしきを見つけた。


 彼は堂々と塀の上を渡る。不法侵入であるが、そんな事彼は気にしないのである。

 「高校生が私有地に不法侵入」など、ゴシップ記事にもなり得ない。当然噂好きの飛山氏の興味も惹かない。


 四方を建築物に囲まれた空き地。何処の庭とも属さず、道にも面さぬ土が剥き出しの土地である。

 人の手は入らず、雑草が膝丈程まで伸びている。隅の方では日本固有種を退け、背高泡立草(セイタカアワダチソウ)が我が物顔で侵攻していた。


 その区画の中心に位置する所に、それは有った。

 真っ直ぐに空に伸びた螺旋階段である。

 螺旋階段としては円周が大きく、段差は緩やかであった。蹴上(けあげ)に比し踏面(ふみづら)は三倍程である。

 一周(のぼ)るまでに十秒程掛かりそうだ。


 中心に大きな柱があって、枝のように三角の梁が階段の下まで八方に伸びている。やや心許無い設計。

 触れてみれば冷たく、鉄製である。空色の塗装がしてあるが、ペンキの剥げている所が大いに赤褐色に錆びている。

 錆汁の垂れた跡で、手摺(てすり)も階段も汚れに汚れていた。


 この階段は一体何処(いずこ)に繋がっているのだろうか。

 階段とは何処かに上るためにある。その何処かが無ければ、上る意味もない。

 しかし階段の隣接する所に建物など無いのである。上は壊れたように途切れていた。故にこの階段は、意味の無い物と成る。


 螺旋階段の一段目は半分ほど地に埋まっていた。

 見れば手摺もそうだ。途切れることなく地面の中まで手摺が続いている。階段その物が、途中まで地に埋められたようであった。

 工事の途中で放棄され、埋められたか、或いは廃墟となってこれだけが残ったか。


「上るぞ。そこで見ていてくれ」


 我が友人たる飛山氏は勇敢である。意気揚々と、階段を上っていった。円周に沿って遠ざかってゆく。

 僕は地面に立って、彼を見送るのみである。


 さて、螺旋階段は中々の高さがある。上まで行って戻ってくるのは時間が掛かろうと思い、鞄から未読の小説本を取り出そうとすると、魔導書が暴れた。


『聖太郎、そろそろ喋らせろ』

「この発語中毒本め」


 本を読むのも本と話すのも()して差は無かろうと魔導書は言う。能動的か受動的かで大分違うと僕は伝えたが、無視された。


『不思議な階段だ。既視感が有ると思ったが、これはトマソンだな。超芸術トマソン』

「トマソン? それがこの階段の名前かい?」

『違う。一般的にトマソンと呼ばれる構造物というだけの事である。以前本で読んだ』


 彼の姿が見えた。我が友人飛山氏は螺旋階段を一周上ったらしい。

 意気揚々と手を振るので、僕も振返す。

 続けて上る彼の姿は、階段の裏に隠れた。

 これより先、地より見上げる僕からは、一周する毎にしか飛山氏を確認出来ぬようだ。


『トマソンとは、このやうに無用の長物と化した建築物を指す。建物とは道具である。役割があってこそ意味がある。人との繋がりを失ったそれはもはや鑑賞すべき芸術品だ。廃墟の如き()だ。人の意志の介在しない芸術。故に超芸術トマソン』

「また長い話かい」


 再び彼の姿が見えた。

 我が友人は再び意気揚々と手を振る。僕も振返す。

 彼はさらに階段を上り、僕から我が友人の姿が見えなくなる。


「トマソンというのは? 人名かい?」

『然様。かつての外国人野球選手である。』

「酷いネーミングだ」

『当時の人々にとっては、ウィットに富む名付けだったのやも知れぬ』


 三度(みたび)彼の姿が見えた。

 我が同級生は上る最中に僕を見つけたようで、手を振ってきた。僕も取り敢えず振返す。

 彼はさらに階段を上り、僕から我が同級生の姿は見えなくなる。


「当時。君は当時を知らないのかい」

『本でしか外界の情報を知り得なかったのだ』

「まあそれも、本らしい(・・・)けど」

『以前の持主は、貴殿程の魔力が無かった。我も態々話しかけることはしなかった。只の本で有ったが故に、我は持主宅にて保管されたのだ』

「君の話に付き合わなくて良かったのか、前の持主とやらは」


 四度(よたび)彼の姿が見えた。

 我が知り合いは、見上げる僕に遠慮がちに頭を下げる。僕も会釈をした。

 彼はさらに階段を上り、僕から知り合いの姿が見えなくなる。


 はて、何故僕はここに(ぼう)と突っ立っているのだったか。


『様々な知識が得られて良いであろう。何せ本の知識だ』

「本の知識は本来本を読んで得る物だと思うよ。そういえば、君はどうしてあの図書室の本棚に挟まっていたんだい?」

『前の持主は売れぬ芸術家であった。母校の講演に出た折、己が「作品」と称して献本したのである』

「酷い話だね」

『全く、芸術家には禄な者が居ない』


 五度(いつたび)彼の姿が見えた。

 青年は階段の根本に立つ僕を訝しげに一瞥し、そのままさらに階段を上る。随分と美しい(・・・)青年だった気がする。別に顔立ちは普通なのだが、雰囲気とも言うべきか。

 だがそこから先は、完全に階段の裏に隠れていて、彼の上っている姿はもう見えない。


 本当に、何故僕はここにいるのだったか。魔導書に連れられて来たのだったか。魔導書は態々その、超芸術なんとやらを解説するために、僕をここまで寄越したのだっけ。


「魔導書、話はもう済んだかい? 特段用も無いなら、そろそろ帰るかな」

『ふむ? 聖太郎よ。貴殿は誰かを待っているのでは無いのか?』

「待人?」


 こんな不便な所を待合わせ場所に指定する変わり者がいるかな。首を傾げたが、魔導書が言うので僕はここでもう暫く突っ立って居る事にした。


 やがて我が友人たる飛山氏が螺旋階段から下りてきた。


「やあ、件の階段はどうだった?」

「よく分かんね。自分でも途中から何で上っているのか分からなくなってたし」


 それは奇遇である。僕達は無為な時間を共に過ごしたのだ。


「ただ、塗装の色のせいかな、まるで空にいるような気分だった。だんだん心も体も軽くなってさ、空でも飛べるような気がしたよ。あのまま最上階まで行ってたら、試しに飛んでみるかもしれない」

「怖い事を言う。じゃあ何だい? 結局君は天辺(てっぺん)まで行かなかったのかい?」

「行かなかった」

「なぜ」

「さあ」


 それきり、彼は黙ってしまった。まあ追及する話でもない。

 僕と彼は二人連れ立って、帰路に就いた。


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