一頁目
高校の二階にある古い木造の図書室を訪ねた折、僕は世にも奇怪なものを見つけた。
喋る本である。
それは何の変哲もない背表紙をして、本棚に挟まっていた。厚い赤革の装丁である。表紙には、何処の国のものとも知れぬ表音文字が、金色で彫り込まれている。
『我は魔導書である。大魔導師エルダー・イル・ガルシャ・ベーカーが記した魔導書「マルルデルボワカ」』
懇切丁寧な自己紹介であったが、僕はそれを一度に覚え切る頭脳を持ち合わせていないのであった。
「どうも、僕は間取聖太郎。申し訳ないが君、名刺とか無いかい」
魔導書はしばしの沈黙の後、答える。
『名刺は持ち合わせていない』
「それは残念だ」
勿論僕も高校生という身分柄持ち合わせていない。
さて魔導書であろうが、きっと僕に用があって呼び止めたのであろう。それを尋ねると、魔導書は喜々とした調子で応えた。
『貴殿には豊潤な魔力がある。しかしその使い方を知らぬ模様。我は貴殿に魔法というものを教えてやろうと考えたのである』
実にありがたい厚意であるが、しかし僕は課題に必要な図書を掻き集め、これより帰ろうという所であった。家に帰って見たいテレビがある。
「失礼。今日の放課後は時間がないのだが、それはどれくらいかかるものなのだろう?」
『二十年といったところか』
想定外のスケールであった。凡そ放課後のくくりに収まるものではない。
生誕より十六年、まさか本からスカウトが来ようとは考えたことがなかった。要は弟子になれということである。
取り敢えず本の好意を無下にもできぬので、家に持帰ることにしたのであった。
どうやら魔導書の声は僕にしか聞こえないらしい。魔導書を借りる手続きをする際、受付の人は奇怪なものを見る目であったが、心外である。
奇怪なのは僕ではない。この魔導書だ。