第134項「花火大会編③」
俺と華南さんは出店がたくさん並んでいる通りまでやってきた。
もう既に陽は落ち、花火が一番輝くことができる暗い夜に街が包まれつつある時間帯になってきた。
健さんが来るまで駅まで送ってくれた際に注意勧告として俺に言っていた華南さんの浴衣姿と髪の巻き方という破壊力の強さに目を奪われている男性の視線と嫉妬が突き刺さっているのを俺は感じるのだが、本人は全くその事に気づいていなくて純粋無垢にこの花火大会の雰囲気を満喫してるようだ。
「先輩!この花火大会の出店凄い並んでいますね?」
「ああ、俺も久しぶりに来て少し驚いている…。何か食べたいものとかあるかい?」
「私は唐揚げとりんご飴食べたいです…。先輩は何が食べたいですか?」
「俺は無難に焼きそばかなぁ…。ここから見える範囲だと唐揚げの店から先に並んでその後に焼きそばを買って最後にりんご飴の順番で良いかね?」
「はい!それで行きましょう!!先輩。」
テンションが普段見せる時と比べ高くて華南さんが全力でこの時間を楽しんでいるのが伺える。
「けっこう人混みが多いから、しっかり付いてきてくれ?」
「はい。全力で付いていきますよ?」
俺らは群集の中に入り目的としている店の前で並ぼうとするがどこが順番の最後尾なのかよくわからん…。
「先輩、人多いですね?ここは一度分かれて自分が食べたいものは自分で買いに言った方が良いのではないですか?」
「俺もそれは考えたが、これだけ人の量だと迷う可能性があるから効率は悪いけど一緒に居た方が安全性は高いと思う…。」
「先輩がそういう考えであるのならそれに従います。」
「うん。悪いな…。押し通してしまって…。」
「いや、先輩も初めてこの会場に来た私の事を考えてくださったのかなと思ったのでその気遣いにむしろ感謝していますよ?」
「そう言ってくれると助かる。」
「すぐ、そこの露店で唐揚げを販売しているなぁ。ソースの種類とかが選べるみたいだがどうする?」
「そうですね、タルタルが好きなのでそれでお願いします。」
「はい。タルタルね。おまけに2つサービスしちゃうよ~~。良い時間にするんだよ?青年!」
人柄が良さそうなおじさんが鼓舞してくれた。
「あ、はい。ありがとうございます。」
あつあつの唐揚げを受け取ってその場を急いで離れる。
「まさか、おまけくれるなんて思いませんでしたね?先輩…。」
「ああ、間違いなく華南さんの美貌に惹かれたんだろうな…。華南さんが買いに行けばどの店からも何かしらのサービスがもらえそうな気がする…。」
「せ、先輩、からかうのはほどほどにして下さいよ?」
「事実だからしょうがない。むしろ可愛いのがいけない。」
「先輩それ褒めていますか?ちょっとバカにしていますか?」
「モチのロンで褒めてるよ。更に言うならば俺が普段する事は無い絶賛までしている。」
「もう~。そんなこと言ったら怒れないじゃないですか?」
出店を支える棒に取り付けてある光源から放たれる電灯が華南さんの頬に染まって紅く見えるのか俺が好評かでほめたから照れているのかどっちなんだろうか…。
この後、焼きそば、りんご飴と買っていたらどの店舗からもおまけでサービスしてくれた。
払った額より多くの食料を得てしまった満足感と背徳感の両方の天秤の中心にいるような気持ちに俺は立たされているのはここだけの秘密だ。
「どこで食べますか?」
「どこで食べますかという前にりんご飴もう食べ始めているじゃん?」
「いや、待ち切れなくて、仮に先輩に何か言われても許してもらえるかなぁと思って…。テヘへ~~。」
「別に褒めてはいないけど、好きなものを一早く食べたいと言う気持ちはすごく分かるから許す。」
「ありがとうございます。一応先輩にお金出してもらったのでお先にいただきますね?」
「もう食しているからな?それにその前に一応ってなんだ?その含みを持たせた言い方は?」
「実質私が先輩を雇っているようなもんだから毎月振り込んでいる給料が私に還元されているなぁと思って…。」
「そもそも俺って華南さんに雇われている立場なの?両者同じ立場なのかと思っていたけど…。」
「まぁ、先輩が話したことで間違っていないですけど、私は雇った気でいました。」
「仮に俺が雇われた立場だったら労働組合とか設立した方が良いの?給料をもっと上げろとか?残業を減らせとか雇い主に声を上げた方が良いの?」
「いや、先輩が言うようにあくまで私達はビジネスパートナーの対等な関係であっていますから。因みにですけど私との契約を結んで何か不満とかありますか?」
華南さんが右手に持っているりんご飴がすでに半分以上無くなっていて残りの半分もすぐ吸収されていくのだろう。女子がスイーツ食べている時のスピード速ぇな…。
「不満かぁ…。仕事面は無いかな…。華南さんの仕事に対して前向きさと日々の努力さは日頃から側で見ていて尊敬の念は持っている。だから俺もできるだけ華南さんの要望に添えるように忠誠心を持ってアシマネをしているつもりだけど、プライベートの不満はあるな…。」
「仕事の方で無いのは少しほっとしましたけど、プライベートの方で先輩が持つ私への不満って何ですか?教えてください!」
「代表して1つを選ぶなら朝起こす時に声をかけても全然起きてこない、そして部屋に入って布団をはがそうとすると高確率で枕を無意識なのか故意なのか分からないけどコントロール良く俺の顔面をめがけて投げてくるところかな…。」
「私はそんなことしていませんよ?」
毎日高確率で彼女が使っている枕が俺の顔や頭に当たってくるので、もはや毎朝のルーティンになりつつある。
「この間その一部始終をまとめた動画を作ったから明日にでも見せてあげるよ?これを見れば毎日起こしてくれる俺への感謝の気持ちを少しは持ってくれるだろうよ?」
動画と言っても大した物じゃないけどさ…
「いや、絶対私がお世話になっている先輩に向かってそんなことはしていないですぅ~~。」
「その言い訳は明日全て取り除くとして、あそこの空いている席で腹ごしらえをしようぜ?ってあれ?りんご飴は今持っているのってまだ1本目?」
「いえ、1本目は食べ終わりました。さっきまで食べていたのはおまけの方でこれから本命の方を食べますと言うか食べてま~す!!」
「消化スピード早いなぁ。2つあったから俺も少しかじろうかなぁと思ったけど良いやぁ。」
「じゃあ?私の食べますか?」
「え?」
「食べかけですけど、リンゴの反対側から食べれば間接キスにはなりませんよ?」
「確かにその理論は間違いないけど、りんご飴を食べたいのは華南さんだからなんか悪いよ?」
「いえ、例え既にかじった方から先輩が食べても私はそこまで気にしませんよ。特に先輩ならなおさら…。」
「おう、そっか…。でもさすがに既に食べ進めている方から行くのは気が引けるから反対側の方から一口頂くよ…。」
俺は華南さんが持つりんご飴の高さまで膝を曲げて前歯がりんごに刻まれているのが分かる。
初めて食べたけど、思っていたより甘いんだな…。
好きな人は好きそうなシンプルなお菓子だなとまた新しい経験をした。
更に言うならば、初めて食べたりんご飴が普段より倍以上も着飾り可愛さと美貌を兼ね揃えた推しの作家さんが先に口をつけた果実に間接キス?みたいな経験をしたことが付加価値となった気もする。
これはお墓まで持参する必要がある件だと思う。
「別に私が口をつけた部分からガブっと行っても良かったんですよ?そんな間接キスごときで気にしませんからね?特に先輩なら!!それで味はどうですか?」
「美味いけど、甘いな…。1個まるまる完食は食えないなぁ…。完食できるのが凄いわ。しかも2つも食べようとするのが凄いな…。」
「先輩、私が食欲旺盛なのがばれてしまいますよ~~。」
「沢山食べる女性は俺はけっこう好きだけどね…。」
「それは、なんか嬉しいです…。」
「はい。これ、唐揚げ渡すね?暑いから気を付けてね…。」
「はい。ありがとうございます。こういう非日常な時間で食べる食事って美味しいですよね?」
「ああ、焼きそばとかも家で食べたりするものは美味しいけど、こういう屋台で売っている焼きそばをすするのも良いよなぁ?」
「はい。なんか違う物がありますね。先輩言い忘れていましたけど、今日の食事のお代ありがとうございました。」
「ああ、大丈夫よ。日頃から華南さんには感謝しているからこのくらいは良いよ!」
「ありがとうございます。私も今日先輩とほぼプライベートな場面で一緒に過ごせて嬉しいです!」
「俺も華南さんとこういうふうに過ごす事になるとはあの契約書を書いた時は想像し無かったよ~。」
これは本当に3カ月前に大学で初めて会った人が俺の横で唐揚げを頬張りながら、花火が打ちあがるのを待っているのが人の縁の不思議さに気づく。
「私と花火大会に来てみて楽しいですか?」
華南さんの横顔を見ながら俺は答える。
「ああ、俺も久しぶりに仕事を忘れて高校生の時以来の花火を楽しんでいるよ?しかもあの時と違うのは一緒に居るのが幼馴染と妹では無くて華南さんと居ると言うのが驚きだよ。でも充実しているとは思っているよ~。」
「お~い。トシ~、華南さ~ん。」
暑い群集の中から俺たちの事を呼ぶ美男子と俺が苦手とする無駄に美人なやつの恋人がこっちに来た。
まさか、この幼馴染と花火大会でも見る日が来るとは思わなかった…。
華南さんともう少し話していたかったんだけどなぁ…。
良い時に邪魔しやがって…。




