アレッポ高原にて⑥
昨日はスミマセン。久しぶりに残業があって、定時に帰れませんでした。勤め人はツラいッス。
クンドゥズに到着したのが21日で、着任早々アレッポ高原に行ったので、つまるところ今日は22日か……
ナザーウ・ボンジュー内の自室で目を覚ましたノラが、あくびまじりにボンヤリとそんな事を考えた。
休日なんてあったもんじゃない、毎日東奔西走しているから曜日感覚がゴッチャちごちゃだ。
窓から外を見ると、雪が降り積もっている。クンドゥズ州名物・ブリザードだ。
朝食もそこそこに、今日もアレッポ高原までルートを昨日とは違う様に変えつつ進む。
チラリとユルドゥス中尉を見やると、フイッと目線を外されてしまった。何だかまだ昨日のしこりが残っているようで、ちょっと気まずい。
<隊長、5リード(約900m)前方に敵兵らしき影が見えてます!>
三号艇を指揮する、狙撃班のドクズの声がイヤホンから届いた。
「数は?」
<約10、歩兵です。軽装備で、ロケットランチャーを持っている者は見えません。緩慢な動きですね>
「ふーん…狙撃班だけで掃討は可能か?」
<任せて下さい。では3号艇ツボルグ、先行して狙撃ポイントを押さえます>
轟音を上げたツボルグが、雪を散らして頭上から追い越していくのを眺めつつ、ノラは他の隊員に周囲の警戒を指示する。
スピードを落とし、微速前進していくとターンと銃声が木霊した。狙撃銃の音だ。
<目標1、シル(消去)! 次の標的に移ります!>
そして立て続けに狙撃音が重なる。
<目標5、シル!……あああッ、な…なんて事だ!>
今まで冷静だったドクズの声が突如乱れた。
「どうしたドクズ? 敵の反撃か?」
だがノラの声に反応せず、荒い息だけがイヤホン越しに伝わった。
「大丈夫か? こちらも応援に向かうか?」
<…いえ、大丈夫です…チクショウ、敵は少年兵だ! 子供を虐殺しちまった!>
少年兵。最も安価な兵器。基本的には十把一絡げの代物だが、ごく稀に強力な兵士へと成長する事もある。
アトゥンの火が良く使う手だ。寧ろ今までよく出遭わなかったとも云える。
少年兵の最大の得点と云えば、相手が侮って隙を見せる事と、攻撃した側に後々までトラウマを与える事だ。
そういった意味で狙撃班とは相性が悪いと言わざるを得ない。どうしても相手を捕捉する為じっくりと相手を見てしまうのだ。良いスナイパーは敵の気持ちを分かろうとする、それ故に少年兵だと罪悪感がいつもの比ではないのだ。
わめき声が聞こえるイヤホンを投げ捨て、マイクに向かって叫ぶノラ。
「落ち着けドクズ! もういい、一旦基地に戻れ! あとはこちらが担当する!」
少年兵と聞いて、ハリデ伍長が嫌そうに此方へ目線を投げた。
このままボモンティが先行すれば、ガンシップとして少年兵を蹴散らすのは彼女だからだ。誰だって少年兵を殺すのは気が引けるのは分かる。しかし、誰かやらなければならないのも事実。
ジッとスィベルがこっちを見ているのも気分が悪い。どうすればいいんだ、どうすればいいんだ…どうすればいいんだ!
「ちきしょーめ…オレがやる!」
今度は2号艇のエフェスから声が上がった。デカだ。
いつも汚れ仕事を任せてしまう…本当に良くない事だが、率先して自分がやろうという気にもならない。
「…ああ、よろしく頼む」
どこかホッとした自分に嫌気がさして唇を噛んだ。鉄の味がする。
ゴウッとエフェスが全速力で飛び出し、そして直後にロケットランチャーの乾いた音と巨大な爆発炎が上がった。
誰だって少年兵を直接狙いたくない…だからロケットランチャーを使ったんだろう。
デカにやらせた後悔が今になって大きく圧し掛かってきた。
「そんな…子供を殺して……貴方は悪いと思わないんですか!」
反吐を吐き終えたユルドゥスがノラに食って掛かってきた。純粋な指摘、故にカチンとくる。
「悪いと思ってるから、皆逡巡してるんじゃないか。いいか、相手は敵なんだ!」
カリカリしてはいけないと思いつつ、自然とノラの声が荒ぶる。
「放っておけば味方を殺す、友人や家族を殺す存在なんだ。戦場で話し合いが出来るとか思うな! 彼等を倒さないとこの任務は終わらないんだ!」
そう叫んで、ハタと気づいた。
ノラは18歳、ギリギリ大人の範疇に入るかもしれないが、ドクズもセキズも15歳。今回帯同してないがドブロクは14歳、オンの妹ユズに至っては13歳だ。十分少年兵である。
今まで自分達は意識して無かっただけで、敵側にとってはプレッシャーだった可能性もある。
自分もその責任の一端を担ってると自覚して、急に声のハリが無くなるノラ。
「…一番悪いのは、少年少女を戦場へ駆り出す奴だ。そして戦争そのものだ。そのためにも、やらなければ……」
そうか、デカはその矛盾に気付いていた。だからデカは手を下したのか。じゃあ次は自分の番だろうな。
とはいえ、年端もいかぬ子供を殺せるのだろうか?
嫌な展開が続きます。




