アレッポ高原にて②
「あ、ドブロク。ボモンティ型があと2台来たから、名前考えておいてよ」
たまたまノラの目の前を通りかかったドブロクに手を振って、声を掛けた。
「エ……オ、オラが付けても良いだべか?」
何故かどぎまぎしているドブロク。勿論に決まっている。なんたってドブロクが「ボモンティ」の名付け親で、しかもこれまでの激戦を生き残ってきた縁起の良い機体なのだ。
戦場も長くなると、ゲン担ぎと言うか、縁起に頼ってしまう所はある。それでもそれで生き残れるのなら、藁をも縋りつきたくなるのが人情ってもんだ。
「じゃ、じゃあ……“エフェス”と“ツボルグ”にするだ」
なんか照れながら捻りだしてきたので、「よし、それだ!」と即決した。意味は分からないが、何か響きが気に入ったのだ。
「あ、そうだドブロク。お前は今回、メメット中尉に付いてもらって学校業務が軌道に乗るまで監督してくれ」
どうも大人達は学校を軽視するというか、後回しがちにするので、暫らくドブロクを監督官として置いておく方が良いと判断したのだ。
「…オラを置いて行くのだか?」
すると今まで上機嫌だったドブロクが顔を真っ赤にしてふくれっ面している。
「そうじゃないよ、今回は後方任務の方が重要だからドブロクに任せたいという事なんだ、それにこれは命令だ」
すると幾分気持ちを持ち直したのか、「ドブロク軍曹、拝命します!」と敬礼して去っていった。全く…年頃の女の子が何を考えているのかよく分からないや。
そう言えば、もう一人…おむずがりの年頃の女の子が居たなと思いつき、溜息を吐いた。
「遅い! わらわは待たされるのが嫌いじゃ!」
部隊の逐次更新や新装備の配備と確認で、我等が王女様に拝命の儀を受けに参上したのは、5日後の20日だった。
「…やれやれ、コッチの女の子も気難しいなあ……」
「何ぞ言うたか、ノラ?」
「いえ、これっぽっちも!」
小さい扇子を口の目で広げ、フンと鼻で嗤う我等が王女。そういう所、フィデルそっくりだな。
「お主が遅いから、出立の時間がもう間もない。今回は西方地区のヘクマティアル軍を支援するため、西部のアレッポ高原に巣食うアトゥンの火を掃討するのが主任務となる」
そうして背後にある大きな地図を指揮棒で指した。
下の方が狭い台形を三つ並べる図形が、だいたい大ユピタルの世界地図を表す簡略図である。そして、真ん中の台形の大陸は上半分が北部同盟、下半分がアトゥンの火である。
北にある小さな島々が、パンジール・ウルケー。
左の西の台形の大陸はJPS:ユピタルヌス社会主義連邦、右の東の大陸はヴ帝国。
各々接点がある部分、東側のヴ帝国側の方がリットン辺境伯領、同盟側の方がウスキュダル王国である。
反対の西側のJPS側の接点である場所にあるのが、独立都市国家「オーミ」である。
そのオーミからこっちのユピタルヌス大陸側、大きな範囲を占めているのがヘクマティアル王国である。彼等は我々と人種も違うし、その地政学上、社会主義国とも仲良くやってきた経緯がある。
今回のパンジールが音頭を取った「大合併政策」は、ヘクマティアル側にとって面白くない案件だったのだろう。大分ごねた様だ。
そこで長い事ヘクマティアル軍が頭を悩ませている、アレッポ高原に巣食うアトゥンの火を駆逐してくれれば、我々ヘクマティアルは喜んで傘下に下ろう!
…とまあ、そういうことだ。
無論、服従背面。下手すればヘクマティアル軍とアトゥンの火が密かに同盟を結んでいて、ノコノコ来た我々を前後から攻めて潰す可能性だってある。社会主義国すら手を貸しかねない。正に飛んで火にいる夏の虫。
それでも言い出しっぺのライラ王女、ひいては我々が直接行って誠意を見せなければならない事態なのだそうだ。
「それでも流石に、今回、脆弱な我が兵だけでは、不可能と言っても過言ではない」
言ってくれるじゃん、そっちが巻き込んだくせに。
「ん、ノラ何か言ったか?」
「いえ、滅相も!」
「ふん…まあよい。そこで今回、助勢が付く事となった。イズミル隊は品よく、くれぐれも協調するのじゃぞ?」
「はあ。で、ソレはどの部隊でしょうか?」
内心、ドン・ボルゾック率いるスカルパント隊が来てくれ! と願っていた。
が、王女の口から発せられたのは実に意外な名前であった。
「喜べ、シヴァス隊じゃ」
「はぇ……あの……“ペシュメルガ”の?」




