アレッポ高原にて①
先ずはいつも読んでいただき、尚且つ待っていただいてる方々に感謝します。
皆様の存在があるからこそ、こうして続ける事が出来ると、日々手を合わせております。
いつ終わるのか書いてる本人も見当が付いておりませんが、末永く生ぬるく愛して頂けましたら幸いです。
ユピタルヌス歴323年2の月、15の日
イズミル隊は正式に「師団」へと昇格となった。
近衛隊は師団が基本単位であるのだが、いかんせんイズミル隊は小隊規模である。隊員だってナザーウ・ボンジューの乗員合わせたって200人に満たない。
更に言えば、師団を率いる師団長は最低でも准将クラス。通例で言えば中将が基本である。その批判の矛先を逸らそうと、ノラを大尉から少佐にしたって付け焼刃も甚だしい。
だから「独立」なのだ!
―と、ヌケシャアシャアと扇子男こと、フィデル参謀が嘯く。
「独立遊撃隊の気質と、近衛師団の気品でもって一気呵成に敵をけん制する、つまりは猟兵なのだよ」
猟兵…ドイツ語では「イェーガー」。散兵と狙撃を得意とし、浸透制圧を得意とする…確かに今までの我々の戦術概念と合ってはいる。
「でも…それでは海兵隊と変わらないのでは?」
そう、海兵隊はドン・ボルゾックのスカルパント隊が大々的に揃えている。
「その違いを今から説明しなければならない…とするならば、我々は君を買い被ってたと言わざるを得ないな」
フフン、と扇子の向こうで笑う優男。パチンと扇子を閉じながら、「まあいい」と話を続ける。
「隊員増強はそちらの責任で行え。それと高機動兵員艇の『ボモンティ』タイプはあと2台調達してやる。装備品には虎の子のMK44のブッシュマスターⅡ・30㎜機関砲も付けてやろう。それでボモンティを『ガンシップ』にしろ」
フィデルの話を整理すると、こうだ。
広域制圧を始めにスナイプ班が行い、次にガンナーで面の制圧。その後を一般兵が追従するスタイル。もし、敵に機動部隊が居た場合は、ボモンティで上空から重火器制圧を行い、ガンナーが投入される感じか。他の部隊に比べたら格段に生存率の高い部隊運用が出来る。
しかし、どうしてそこまで好待遇なのか? 訝しむノラの表情を読み取った扇子男がまた扇子を広げた。
「君は相変わらず、顔芸が下手だなあ。部下には慕われるかもしれないが、これからは佐官として戦術会議に出る事もあろう。それまでに何とかしないと良いように足を引っ張られるぞ」
思わずムッとしてしまうノラ。その顔すら察知していたようで、鼻で嗤いながらフィデル参謀が話を続ける。
「君の隊員の昇格は君に任せよう。その代わり好待遇なのは紙一重と思いたまえ」
「つまり……」
「そうだ。その分、綱渡りな命令も増えるだろう。それでも王女を死なせるな。作戦は成功せよ…これが、好待遇の理由でもある」
そしてツカツカツカ、と参謀本部の壁一面にある大きな世界地図を指すフィデル。
「今やイズミル隊は。ヴ帝国だけではなくJPR(※社会主義国)、アトゥンの火、なにより全国民が一挙手一投足を注目される存在となった。お膳立てはしてやった……ここからが本当の天賦だ。…お前の命を戦場にBETしてみよ」
…フィデル・マスーラ。本当に嫌な奴だ。マルマラ海戦の恨みだって忘れた訳じゃない。だが、確かにアンタの言う事も一理ある。星と部下の屍が積み上がってる山の先にしか見えない俯瞰も見えるようになった。
だから納得はしていない。だが、こんなヒトデナシなら、もしかして本当に大ユピタルの戦争を終結させるかもしれない。
そういった意味合いで、黙ってキッと前を見据え、敬礼して部屋を退出していく。
「お前も同じ穴の狢だよ」
扇子男が扇子の向こうでそう呟いた気がした。
デカは特務曹長から少尉に昇級させた。イズミル隊から二人目のたたき上げの、一般兵上がりの将校である。
メフメド軍曹は曹長とした。ちょっと前まで懲罰部隊だったメフメドは感激のあまり、数年前に愛想を尽かされた嫁と子供に手紙とお金を送付したそうだ。
イェディも曹長に格上げした。ガンナー担当はこの二人で優先的に上げる旨を伝えてある。イェディは班の若い連中に奢るため、夜の町に繰り出していくそうだ。
ガンナーの確保と訓練はこれまで以上に大変な事となるだろう。
ドクズとセキズは共に軍曹となった。スナイパー分隊として左右を任せたいところだが、メフメドが首を振った。
「ダメでさぁね。スナイプ班は測量と射撃で一チームです。セキズはずっと測量をやっていて、今更射撃は向いてないです。それに、阿吽の呼吸が醸成されるチームを割ると、50:50とはならずに20:20となっちまいますわな」
「じゃあ…新規でスナイプ班を作らないといけない訳か……」
「メメットのオッサンとラバニのオッサンに目端の利くガキ見繕ってもらいましょうや。そんでそいつ等を双子が教えりゃ良いんでさあ」
なるほどね。メフメドの言う事も尤もなので、この件はメフメドに一任した。
オンは伍長に昇進した。基本、小隊くらいの人員しか居ないとはいえ、それなりの大所帯になってきたので、もう一人メディックを増やしたいところだが……
「あー、じゃー…新しく入った兵器開発の人とか良いんじゃねし? 手先器用そうだし? 博士なんだし?」
オンが自信満々に言うので、ダメ元で打診しに言ったら案の定断られた。
「私、医学博士じゃなくて工学博士なんで(笑)」
…まあ、そうだよね。肩を落とすノラをバシバシ叩いてオンが励ます。
「まあ心配すんなし! あーしの妹のユズが看護師になりたいって言ってたから、入れちゃうし!」
「オンの妹? ユズ?…あの~因みに年齢は?」
「13だし!」
ダメだろ!
だが次の日、小柄なコギャルがいそいそと来て、そのまま居ついてしまった。オンもユズもチャッカリな部分がそっくりである。
ドブロクは軍曹に昇格となった。
まあ正直、ドブロクが下士官となって部下を持つことに違和感を思える。
「オラは専任官だから、部下なんぞも持たねえズラ」とか言ってはいたが。まあ、実際は各班にそれぞれ通信兵が配置される感じなので、ドブロクの言う通りなのではあるけれども。
それより、駐屯地の学校の生徒が最近、ドブロクそっくりの訛りを使う事に戦慄を覚えている。
ハリデはその腕を買われて二階級特進し伍長となった。運転手としては伍長クラスが適任なので、やっと身に釣り合う感じか。当人はそんな事お構いなしに、毎日のランニングに勤しんでいる。
ヤスミン伍長は軍曹に昇格した。彼女は一度断念した大学の資金の為、コツコツと貯金をするらしい。
マジド曹長は特務曹長となった。
「よぉ、こんな陰気くせえ星増やすよりもよぉ…勲章くれる様に言ってくれよ。勲章があった方が年金に有利くさいんでぇ!」
ブツブツいうマジ曹長だったが、家には老いた母親がいるらしい。そのためにも、階級より勲章だそうだ。確かに機関兵は前線に出る事が無いので勲章を得る事が難しい。
よし、次はマジド曹長に勲章を渡せるように頑張ろう…ノラはそう胸に誓った。
でも機関兵が勲章ってどうやればいいんだ?




