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ユピタルヌス戦記  作者: いのしげ
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独立近衛師団②


 2の月、9の日。


 酒臭さが充満する兵舎の扉をホトホト叩く音で、ノラは目を覚ました。

 誰か起きないのかと目を擦ったが、軒並み酔いつぶれている。マジド曹長などは酒瓶を抱いて寝ていた。

 「う~ん…誰だい?」

 目ヤニを取って最低限の衣装チェックをしながら扉を開けると、ソコに居たのは大勢の子供。

 「あの~…ドブロク先生が戻ってきたと聞いて、勉強を教えて欲しいんですだ」

 「…え、学校は?」

 「学校…なんです、それ?」

 

 急いでドブロクを叩き起こし、空いている兵舎の一室をあてがい、授業を開始させることにする。幸いドブロクは酒宴をすぐ退出して寝ていたようなので、二日酔いの心配はなさそうだ。

 他に適性の有りそうな隊員もみつくろう事にするが、そうそう思い浮かばない。取り敢えず、女性陣のヤスミン伍長にも声を掛けたが、運悪くオンも顔を出したので聴かれてしまった…オンが教える事が出来るのって性教育だけなんじゃ……

 いや、正直未成年のレイプ事件というのも多発している。

 若しかしたらオンの知識だってバカに出来たモノじゃないかもしれない。


 そういえばドブロクは最近、髪が少し伸びたようだ。それにどうもオンに習って化粧の練習もしているらしい。別にドブロクが女である事を隠す必要は無いし、デカを始めとして気付きかけている者も増えてきている、が…なんか共有していた秘密の仲間意識が無くなったようで少し寂しい……


 そんなことよりも学校を作るという話は、ココ、イズミル市を作る時の公約だった筈だ。

 「一体どうなっているんだ、メメット中尉!」

 主計室をノックもせずに上がり込むと、老眼鏡を外したメメットが振り返った。

 「…これはこれは、ノラ隊長。一体何の騒ぎです?」

 子供たちが来ている事と、学校が出来ていない事実を伝えると、「フム…」と喉を鳴らした。

 「…それは私が説明する事も出来ますが、ラバニ(仮)市長に訊いた方が早いでしょう」

 まあ確かに道理だと思い、慌ただしく外へ向かおうとするとメメットが呼び止めた。

 「隊長、部隊の運用と新兵器についてチョット提案がございますので、また後でこちらに来てもらえますか?」

 「ああ、分かった」と背中越しに返事し、町に出てラバニ師を探す。


 幸い、ラバニ氏はすぐ見つかった。

 「あゝん? 学校を作ってないってぇ?」

 開口一番、ギロリと睨む老師。

 「税金が無いんだ、学校なんぞにかまけてられんよ!」

 「え、なんで税金が無いんだい? 集めるって話だったじゃないか」

 「オメーよぉ、こんな“スラムチャプマック”からどうやって税金徴収できるんだよ? 大変だろうが!」

 そうだった…ここは自由気ままな住民の集まり。良くも悪くも税金なんて考えもつかないのだ。ましてや誰がどれだけ住んでいるのか分かりもしないのに、税金を取るのは愚の骨頂だった。

 「今のところ、町の名士が何人かが寄付をする形で市の財政は賄ってるけどよ、火の車だぜ! 勿論、ワシも持ち出しが多くて連れ合いに怒られッぱなしよぉ!」

 「でも学校が無いと、町を発展させる将来性が失われちゃうだろ?」

 ここでズイッとラバニ師がノラをめ上げた。

 「…そもそも、この街は今発展している真っ最中なんじゃ。子供とて貴重な労働力なんんだよ。学校なんて云う“お遊び”に割かれてたまるか!」

 う~ん…これは困ったと腕組みして考え込む。

 学校が出来れば可能性が広がる。だが、頑迷なこの街の支配層は教育の意味を見出してすらいない。

 「でも読み書きソロバンくらいは出来ないと、商売にすらならなくなっちゃうだろ。将来、取引で騙されたりする者が出てくるだろう?」

 「…そんなもん、仕事がてら大人が教えりゃいいだろう」

 全くニベもない。ならば、損得勘定で駆け引きしてみるか。

 「大人だって忙しいんだろ? その役割を学校が代行してくれるんだ、悪い話じゃないと思うけどな~」

 今度はラバニ師が腕組みする番だ。

 「…むう、言われれば確かに。しかし、無い袖は振れぬぞ?」

 「子供を持つ親は月謝として幾ばくか毎月徴収する。コレを財源に充てて、立地と先生の確保は軍で保証するよ」

 「渋る親はどうするんだ。皆が皆、金を出すとは限らぬぞ?」

 「大丈夫さ、どこの家庭もそのうち学校に行かせる事が大切って分かるさ」

 読み書きがステータスになる時代が来る。何より子供の仲間内で学校に行けない事が恥ずかしくなれば、どうやっても親を説得して、行きたいとせがむ様になるだろう。

 近所でも学校に行くことの重要性が浸透する。そうなるのにそんなに時間は掛からない筈だ。

 その代わりというか、学校は「軍立」になってしまった。前代未聞だし、メメット中尉が嫌そうな顔するだろうが、こればかりは仕方ない。


 さっき訪れた子供達が訴える様な、不安そうな顔が頭をよぎった。 

 「カーラマン、僕らは勉強できるんですよね? 労働力として使い捨てられるためにココに来たんではないですよね?」

 …そうだ、この子等はオレだ。

 学問が出来たら、もっと色々な選択肢があった。

 勉強こそが国の可能性を広げる。今まで戦争ばかりしてきたのは我々の世代までで終わりだ、次世代で断ち切ってやる。

 だから。

 だからこそ。


 「ああ、勿論だ。君達は余計な心配はしなくてもよい、勉学に打ち込め。何が間違っているのか見極めるんだ」

 そう言って、クシャクシャとやや乱暴に頭を撫でて回ったのを思い出す。


 税金問題はもう少し時間がかかるかもしれない。だが、子供が夢見れない世界に何の価値があろうか。それと医療。そのためにも何とか財源は確保したいし、そのために市民が喜んで喜捨ザカート出来るシステムを構築せねば。



 

実際、南アジア諸国では税金というシステムの導入がとても難航しています。逆を言えば「富める者が寄付をする文化」とも言えます。これは「公共性」をどう理解してもらうかの話にもなります。国を発展させ、より良い暮らしをするための供託金ですね。日本では高い気も…ああいや、何でもないです!

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