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ユピタルヌス戦記  作者: いのしげ
88/135

独立近衛師団①


 《我等が王女、8歳にして大任を果たす!》

 《ヴ帝国との平和条約!》



 ユピタルヌス歴323年、2の月8の日。

 久々にガルガンティン市の上空を大量の号外が舞った。

 

 聖都奪回に挫けた後、重苦しい雰囲気の中に綺羅星の如く吉兆のニュースが舞い込んだのだ。それは盛り上げたくもなる。

 特に帰還途中で謎(!)の武装船に襲われるも、それを退けたのが祖国の英雄「カーラマン」ことノラ・シアンだというのだから、話の種としてこれ以上のモノはないだろう。

 珍しく素直に玉座の脇からねぎらいの声を掛ける“扇子男”のせいで、背中がゾワゾワしながらも、席を立って苦労をねぎらうサラーフ指令の姿を見て「ああ、取り敢えず良かったな」と悪い気がしないノラだった。

 これでもし万が一、大切な一人娘を殺されてオメオメと逃げ帰っていたとしたら……考えるだに恐ろしい。

 そんな事を考えている間にも、その瞬間をカメラのフラッシュが何十と焚かれ、その光の隙間から薄く笑うフィデル参謀の顔が見えた時に「コレはまたなんかに利用されるな」と悟った。

 なのでトイレに行くふりをして、総司令部の正面玄関から飛び出し、デカが回してくれていた車に慌ただしく乗った。

 「アレ? 会食パーティーがあるって聞きましたけど、行かねえんで?」

 素っ頓狂な声を挙げるデカ。よく考えたらヴ帝国の首都、スクエア・ガーデンでも食べ損ねている。途端に腹の虫が鳴った。

 「良いんだ。居ても居なくても大差ないだろ、それに……」

 そう言って肩に手を当てて首をゴキゴキ鳴らす。

 「オレに華々しい場所なんて似合わないよ。それよりもイズミルの美味いケバブ屋でビール飲もうぜ!」

 「それならば、ワシの店に来るが良い」

 不意にシワガレ声がしたので、驚いて助手席を見る。と、そこにはイズミル市の仮市長であるラバニ師も同乗していた。

 “ラバニ”と言う名前はユピタルではメジャーな名前で、そこら辺に同姓同名の“ラバニ”がゴロゴロ居たりする。なので、仮市長のラバニ師は“ケバブ屋のラバニ”で覚えよう…そんな事を考えていると、ケバブ屋のラバニが笑った。

 「それに発展したイズミル市を見せたくてナ…この車も市の所有じゃよ」

 そうだ。よく考えたら我々は車なんて高価なものを所有していなかった。

 「飛行石」は設計さえちゃんとしていれば、発電所の動力源ともなり得る。なので自動車やトラックは電動車が多いのであるが、それでも目玉が飛び出るくらい高い。ガソリン車は中古車などは安いのだが、ガソリン燃料の値段が高いのでやはり普及していない。「二足ロバ」の馬車だってまだまだ現役だ。

 それに「飛行石」の加工技術はハイレベルなので、大ユピタルでは電力化には至っていない。

 そんな自動車を所有できる程度には発展しているのかと思うと、感慨無量である。

 「それは楽しみだ、ラバニ師。でも今夜はお腹ペコペコなんだ…呑んで喰って、無事を祝おうぜ」

 「ちきしょーめ、隊員に非常招集掛けなきゃ! 勿論、隊長の奢りでさぁね?」

 「馬鹿太モン、今日の分はワシの奢りに決まっておろうが!」

 「ひゃっほーい!」

 車は急発進して、潮風の吹きすさぶイズミル市へと駆けて行った。

 そんな乱暴な運転を避けた、背むしの小男がチッと道へ唾を吐き捨てる。

 「…アレが、イズミル隊のノラ・シアンか……へヒヒ、そのうち見てろよ。アホ面下げていられるんも、今の内だぜ」

 誰ともなく呟くと、背むし男はノラとは逆に総司令部へと入っていった。 

 

  

 「やってくれたノウ…ノラ・シアン!」

 パーティ会場で歯噛みしているのは、8歳の才女、ライラ・ベラ=マスーラ。

 「寧ろ良いではありませぬか、貴方の望み通りに。ここで貴女の提案を拒否する者がいなくなったと見れば、爾後、やりやすいというモノです」

 扇子越しに優しく笑いかける男…フィデル・マスーラ参謀が理を述べる。

 「おお、そうだ。“カーラマンが就任を拒否した”とあれば、パンジール・ウルケーの意向にもヒビが付く。満場一致で推戴してしまおう!」

 酔いで王冠がズレたのを直しながら、国王ことサラディナ・マスーラ司令官が破顔した。

 「コレで、国内外の敵が、憎悪が一心に“カーラマン”に集中する。なればこそ、我々は情報統制が容易になる…フフフ……!」

 扇子男がそう呟くのをライラは聞き逃さなかった。

 「ダメじゃフィデル、ノラはワシの玩具おもちゃじゃ! ノラを勝手にはさせぬぞ!」

 そう言い放ち、プリプリしながらバイキング方式の料理を取りに、我えらが王女はコーナーへ向かってしまった。

 「…フフ、可愛いものじゃないか。どうだ、トビー・トリー大尉? お前は“カーラマン”をどう見た?」

 ホールの窓際にもたれながら、大きな硝子戸の向こうに居る陰に声を掛ける扇子男。

 そこにはあの背むし男が控えていた。

 「…は。我等が『ドンドルマ団』が、あ奴らの身勝手で法を無視した運営を糺してやります!」

 背むし男こと、トビー・トリーが汚い笑顔を主に向けた。

 「綱紀粛正され、軍は一元化した。今までのようなワガママが通ると思うなよ、ノラ・シアン」

 だが、そういうフィデル参謀の口調はどこか他人事で楽しそうに映っていた。



お待たせしました。コレは電撃訪問の後編が7話で終わってしまった部分、穴を埋める的な内容が続きますので、5話構成となっております。

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