ヴ帝国電撃訪問(後編)⑥
同時刻、「サマセット・モーム」艦橋内―
「将軍…敵艦のアライメントが崩れた様です」
瀟洒にウォルター中佐が伝えた。
「それは…私のティータイムよりも優先すべき報告なのかね?」
そう、ガルーダは紅茶をキメ込む時間を邪魔されるのを何より嫌う。ウォルターは冷静に敵艦の変化は何かの予兆であるのかちょっと考え、スグに腰を屈めて己が失念を恥じた。
「フン、どうせ雷にでも当たって舵取りが出来なくなったのよ」
「は。ご慧眼かと」
「常に敵艦に照準を合わせ続けよ。きっとすぐに耐えられなくなって頭を出すに違いない。その瞬間に集中砲火を浴びせるのだ」
「は」
その時、レーダー長が何か叫んだ…が、何を言っているのか分からない。
「モニター写せ」
ガルーダの気持ちを察し、素早く指示をするウォルター。
ガルーダの目前の巨大なモニターがパッと表示され、2艦の航跡が一目瞭然になる。
……が、敵艦のルートが異常過ぎる。
90度直角に曲がって…いや、もはやヘアピンカーブといっても良いくらいの急激な方向転換だ。
思わず速度表をみる…が、トップスピードであるのは間違いない。一体どうやってこんな急カーブが可能なのか?
「…敵艦、我等の頭を取るつもりですな」
ウォルターが呟くのを聞き、ハッと我に返った。
そうだ、敵は何をしたのか知る由も無いけど、確実に今のままでは「サマセット・モーム」の目前に飛び出す勘定となる。
「火器管制コントロール室、敵への照準外すなよッ!?」
「…す、すみません! 敵のあまりな予想外な動きに、砲塔の旋回が間に合っておりません!」
「馬鹿モンがああ! なれば回頭せよ、取り舵いっぱああい!」
普段怒鳴った事の無いウォルター中佐が怒鳴った。
急に何が起きたのか分からない混乱と、いきなりの左への進行変更で、生まれてこのかた落とした事の無かったチャイナボーンの高級ティーカップを、ガルーダは床に委ねてしまった。
ビーーーーン
ナザール・ボンジューの艦橋内に不快な重低音の振動がずっと響き続けている。
ロケットアンカーの鎖が千切れかけている、金属疲労の振動音だ。
最早艦橋に立っている者など誰一人無い。全員、夏休みの昆虫採集の課題が如く床にへばり付いていた。
常にビリビリとした振動も気持ち悪い。
「ぐぅぅぅ…雲から出るのにあと何秒だ?」
「…じ、十五秒くらい…ですだ……」
凄まじいGがかかっており、肺が潰れかけて、息すら出来ない。喋れるのは奇跡といっても良い。
ガキンッ
―嫌な音が聞こえた。鎖が壊れかけている音に違いない。コンマ何秒でガクンと床に落ち込んだので脳ではなく身体が理解する。
「甲板…何も考えるな……オレの合図と同時に発射ボタンを押せ……!」
「…はい!」
責任者は誰だったか…そんなことを考える心のゆとりも無い。ただひたすら、ノラは艦橋前面の風景を凝視していた。
未だ辺り一面、気が狂ったかのような暴風雨と雷を伴う黒雲の暴力に満ちている。
あとちょっと…
あともう少し…
クソッ、こんなにも1びょうが、ながくかんじるとは……ここで、ぶらっくあうとしたら、まけだ………
「生きて…生きて、この戦争の不実を見届けろよ!」
ハッ!
何かに起こされた気がした。
慌てて前を見ると、雲が黒くない。
灰色…そして白くなって………
青空が目を刺す。
そしてドンピシャ。目前に敵の黒いシルエットが浮かび上がった、敵艦だ。
「全砲斉射―ッ、放て!」
「う、うわああああ!」
モニターで観てたから、敵のスピードは分かっていたつもりだった。
だが、いきなり巨魁が目前にすごいスピードで顕われたら誰だって狼狽えるだろう。
サマセット・モームのクルーもそうだった。
頭では何が起こったのか分かっていた。
だが、本能が拒否したのだ。蛇に睨まれた蛙…こういう心境なのだろう。
更にいきなり眼前に現れたそいつ等は、計ったかの様にゼロ距離射撃を放ってきた。
装甲版がどうのとかいう話ではない、電磁加速砲が至近距離でぶっ放されたのだ。
明らかな殺意と絶対的な暴力に、ガルーダ・サベーリョ中将は生まれて初めて、恥も外聞も無く泣き叫んだ。
「おぎゃああああああ!!」
爆風、爆音、そして爆発。
まず自分は生きているのか…その確認から始まり、体は動くのか、四肢は無事かと、少しずつ末端から動かして認識を再確認する。
目は見えるが、辺り一面黒煙に覆われて何も見渡せない。
「ひっひぃいぃぃ!」
コレが敗北か………
マルマラ海戦でも直接的な負けではなかった。だが初めて直面する敗北に脳が追い付かず、体が震えて止まらない。
「ガルーダ様、大丈夫です」
近くで落ち着いた声がした。ウォルター中佐の声だ。
「う、ウォルター…わ、私は怖い!!」
「…やられたのは主に艦橋部分だけです。敵は一撃離脱しました。指示系統を回復すれば、無事寄港できます」
「ウォルター…ち、違うんだ! わた…私はまたもや敗北したのか?」
「敵はシタタカです…我々は今のままでは到底彼等に敵いません。若も…もっと、図太くなりませんと」
「ウォルター、どこだ!?」
「若…私が居なくなっても…挫けませんように。そしてパウエル氏には気を付けなされませ」
震える手で煙を掻き分け、声の元へと這い寄ってウォルターの元へと辿り着き、そして愕然とする。
下半身が吹き飛んで無くなっていた。
「わ…わたしを置いて行くなァァァ!」
ガルーダ・サベーリョは声を絞りつくして泣いた。己が失禁している事も忘れて。




