ヴ帝国電撃訪問(後編)⑤
デイルは諦めていた。いつも通り、いつもの様に。だからこそゆっくりと頭を振る。
「だからといって、唯々諾々と犬死を受容するんですか?」
ノラの若さは眩しい。眩しすぎて目を背けたくなる。
「……ああ。『潔く、在れ』だ」
「デイル艦長、わらわからもお願いする。一時、ノラの命令を聞いてたもれ!」
幼き王女に言われると、なんだか自分がより悪モノになった感じがして、より拗ねたくなる。そう、デイルはドン・ボルゾック以外の命令を受ける事に慣れていなかったのだ、という事に自分で気づいた。
「……飛べない鳥だっているんだ」
ドーン!
艦の近くで落雷があった。モニターが乱れてる感じ、もしかしたらこの艦に雷が被弾したかもしれない。
「ふざけんな、デイル!」
突然の罵声に、デイルは項垂れた顔を上げる。ノラが雷光を背に、仁王立ちしていた。
「跳べる鳥もいれば飛べない鳥もいる…だが、だがアンタが飛べない鳥だって誰が決めた? アンタ自身だろ!」
一拍息を吸う、音。
「勝手に鳥に託すんじゃねえ! お前はお前だ。だからお前が今、出来る事を言えーーーッ!」
その怒号に一瞬……ドン・ボルゾックの姿が重なる。コ、コイツ…ドンの隠し子か?
その気配に圧され、ガクガクとデイルは壊れたゼンマイおもちゃの様に頷いた。
「せ、せめて……今から何をするのかだけでも、教えてくれないか?」
喘ぐデイル少佐に向けて、ニコヤカに笑顔を放つノラ。
「言ったら、絶対反対するから…教えない!」
「よし! これから指揮を執るノラ・シアンだ。命令は一度しか言わない。よく聞いとけ!」
ドブロクを促し、全艦内放送に向けて指針を語るノラ。
ピリッと空気が変わった。
「敵艦の位置の把握は?」
素早くモニターを操作するヤスミン。
「はい、左舷後方8時の方角にピッタリ3分の1リーグ(約600m)を維持して追走しております!」
「ノラ大尉、甲板部より報告ですだ! 砲塔が雷に被弾し、仰角のまま動かせないとの事ですだ!」
上等じゃねえか…そう口内で呟き、ノラがペロリと舌を出した。
コチトラ、そんじょそこらの死線を潜り抜けてねえんだぞ、デキがそこらのおあにいさん等とは違うんでぃ。
「構わん、それより人力で微調整できるか確認取れ!」
「…大丈夫との事ですだ」
「ならば、艦上方で全砲の射線が交わる様に言え!」
「…え?」
「ドブロク…さっき言ったよな?」
そう、命令は一度のみ。
迅速に伝達出来る様に。
集中力がこれからの生死を分ける。
「は、はいですだッ!」
「操舵ッ 左傾斜角15度ッ!」
「ヨッ、ヨーソロ―!」
ハリデが何らかの小さいハンドルをキコキコ回すと、途端に船のバランスが崩れ、左側へと傾斜が出来た。15度は人が立っていられるのがやっとのギリギリの傾斜角だ。実際、「チキショオオオメエエエ!」とデカがゴロゴロ転がり落ちてった。
「なッ、何をするつもりだデカ大尉!」
コンソールにしがみ付きながらデイル艦長が喚く。だが、そんなのは想定内、当然無視する。
「機関室に伝達、『左前方ロケットアンカーを大地に向けて射出せよ』!」
今度はレスポンス無くスグにドブロクがが伝えた。
「“艦橋、本気か? フネが引っ張られて瓦解すっぞ!”」
艦橋中にマジド曹長の怒号が響いた。ダイレクト通信のようだ。
「マジド曹長…アンタ、何百万タラント(㌧)でもアンカーは持つって言ったよな?」
「“その声はノラ…!?”」
「…どうなんでえ?」
「“ああ、二言はねえ…だがフネが真横に反っちまうぞ?”」
上等…もう一度呟く。
「アンカー射出……総員、何かに掴まれ!!」
「コンコンニャロのバーロー岬! 何が起きても知らねえからな!!」
ぼしゅうううん…と何やら前時代の牧歌的な発射音が遠ざかる気配、そしてナザール・ボンジューは瞬時に重力バランスが崩れ、床が右に来て、その床に余すことなく全員叩きつけられた。
「補助ジェットエンジン、点火!」
床にへばり付きながらノラが叫んだ。
「…………」
反応が無い。
「マジド曹長ォォォォ! 点火しろォォォォ―ッ!」
「ぅるせえッ、何回も言われなくたって……聞こえてるわァァァッ!」
ボッ
びりびりと空気が鳴り響き、更に床に縛り付ける力が強くなる。気を抜くと気絶しそうな勢いだ。
いや実際、ヤスミン伍長は口から泡を吹いている。
「コンコンニャロのバーロー岬」は『タンタン』シリーズのハドック船長よりオマージュさせて頂きました。




