ヴ帝国電撃訪問(後編)③
到着したのが2月の6日。そしてそのままスグに戻ったので、一日と半分経った事になる。だから今は8日の昼頃だ。だが例のエウロパ独特の公転周期の為、ずっと夜の時期に入ったままで、外は暗い。
船中だと、どうしても曜日感覚が曖昧になってしまうので、だからノラは日記を付けている。
「そろそろ、リットン辺境伯領に進入した頃か……」
飄々(びょうびょう)たる荒野が窓の外に広がっている。崖や起伏の激しい大地がむき出しになっている。ユピタルは塩気が強いため、むき出しの崖は青白く映る。それが妙に不気味に見えるから人の心とは不思議なものである。
その時、艦内中に警報音が鳴り響く。常夜灯が緊急事態用の赤色灯へと変わり、辺り一面も同調して赤く点滅した。
「敵艦か!?」
将兵用キャビンから飛び出し、艦橋へと駆けよってノラが怒鳴った。
「4時方角より識別不能のアン‐ノウンが急速に近づいてきます……そんな……木星を背にしてダイブするつもりの様です!」
レーダー長のヤスミン伍長が悲痛な声を上げた。因みにヤスミン伍長はメメット中尉と同じ331小隊の生き残りで、メガネの似合う、黒髪おかっぱの小柄な女性である。
「ナニ?! 予想よりも早い…リットンを抜けるまで5時間半…時間一杯食らいつくつもりか!」
デイル艦長が歯ぎしりして吠えた。
「全砲回頭、目標、頭上の敵艦!」
同じセリフをドブロクが各セクションに伝達する。
「……ダメですだ、敵艦のスピードが速すぎて、照準定まりませんですだ!」
今度は砲座の声をドブロクが代弁した。
「良いから弾幕を張れ! 機銃でも良い!」
「…艦長、敵艦の前方よりエネルギー反応アリ!」
「ナザーウ・ボンジュー、全速右舷へ急潜航!!」
ヤスミンの報告と同時にデイルが叫び、ハリデ上等兵が操縦桿を前方へと倒すまでの行動が、一瞬のうちに行われた。
咄嗟の事で遠心力と慣性力が働き、全員が床に叩きつけられる。
キシキシ、と艦の至る所が軋んで鳴く。傍から見たらきっと墜落したと思うだろう。
次の瞬間、艦の外を何かが空気を震わせ通り過ぎた。敵の弾を間一髪避けたのだろう。ややあって大地に敵弾が突き刺さった衝撃が、波と音になってナザール・ボンジューを震わせる。
「敵弾回避! ですが第二波来ます!」
「艦の姿勢を立て直せ……レーダー長、敵艦の判別は可能か?」
やっと立てた艦橋クルー達が、ヨロヨロと所定の位置に戻っていつもの作業を開始する。
「……け、形状はヴ帝国のエラリィ・クイーン級の高速コルベット艦に似ておりますが……完全に一致しません…し、しかし……デカい!!」
大きさは暴力だ。大きさは恐怖と密接につながる。
ヤスミン伍長の報告と共に、今度は何かがゴウッ! と轟音を立てて通り過ぎる衝撃音がした。床がピリピリ震える。
「敵艦、我が艦の腹に入り込みました!」
ドブロクが叫ぶと同時に、立つことが困難な程の地震が絶え間なく襲う。
空中艦に地震など起こりうるはずもない、考えられるのは――
「敵艦が集中砲撃を開始!」
ヤスミンが泣きそうな声を挙げた。
「い、イカン…ナザール・ボンジューは揚陸艦だから下部に火器を装備してない!」
ずり落ちかけた帽子を押さえ、デイル艦長が唸った。
「操舵手、回避行動を取りつつ、反撃のタイミングを作れ!」
「ヨーソロッ!!」
初めほどではないにせよボディーブローの様に、敵弾の着弾衝撃が、我々の内臓を抉る。
「か、艦長駄目ですゥゥゥ!!」
今度はハッキリ泣き叫んでドブロクが報告した。
「我が艦は急いで出発したため、通常弾を搭載する余裕が無かったそうですだ! 予備弾が格砲2発ずつしかないそうですだ!」
無言でコンソールを叩くデイル。
「……くっ、雲の内側に逃げ込め!」
艦前方の右側に目視できる大きな積乱雲が見えていた。
「で、ですが……」
「他に手は無い! 良いから早く入れ!」
ずっとアラームが止まらない。ナザール・ボンジューの状態を示すモニターは艦底部を真っ赤にしている。
これは……控えめに言っても、ピンチだ。
「敵艦、雲の中に逃げ込みました!」
ウォルター中佐の報告で、艦内のクルーがドッと盛り上がった。
「フフフ…雲に入った所で最新レーダーを搭載しているこの艦『サマセット・モーム』から逃げきれると思うなよ?」
困り八の字眉毛の男が顎を撫でつけながら、昏い笑いを浮かべた。
「カーラマンめ…ワタシ事、ガルーダ・サベーリョが受けた屈辱…ココで晴らしてやる!」