ヴ帝国電撃訪問(後編)②
「あの~…、本国に国境際まで援軍を送ってもらう訳にはいかないんだべか?」
おそるおそる挙手しながら発言する者が居た。ドブロクだ。別に挙手するシステムじゃないんだけど……
「ふぅむ…やらないよりはやった方がいいのであろうが……」
そこでライラが一息つく。
「今回の一番の遭遇ポイントはリットン辺境伯領だからなぁ、そこまで来てくれる訳にも行かぬであろう。なにせ、彼の地は一応帝国領でもあるのだし」
結局、自力で何とかしなければならない……と、いうことか。
デイル艦長は元々ネガティブな性格なのか、項垂れたまま微動だにしない。ふて腐れて寝たふりしているのか、と若干疑うノラ。
こうしてジリジリと焦燥感に煽られて何も進まない状況よりも、何か出来る事を見つける必要がある。そのためにも先ずは行動あるのみ。
この艦の特徴をよりよく把握するためには、機関長であるマジド曹長に尋ねるのが一番だ、そう思って艦橋から機関室へと向かおうとするノラを、何者かが廊下まで追いかけて掴んで止める。
振り向くとあるべき人影が無い。視線を下へ修正したら…居た。王女だ。
「ノラ…我等は大丈夫なのか?」
よく見れば少し震えている。
そうか…普段は生意気でも、よく考えりゃ王女は未だ8歳である。大人達の中で馬鹿にされない様に虚勢を張っていたんだな。
そう考えると少し不憫になって、なおかつ愛おしく感じる。
「フフフ…なーに、このノラに任せて下さい。姫はオレ…いや、私が守りますから!」
考え得る限り、満面の笑みで爽やかに応えて見せる。
が。
「もういい! ノラは嘘くさい!」
と、プイと明後日の方を見て王女は艦橋へと戻ってしまった。
もう…なんなのさ!
ショックを隠せず、心の中でノラは叫んでいた。
マジド曹長は半そでに入れ墨だらけの両椀を露出した、上背は低いがガッシリとした初老のオッサンだった。
雰囲気的にはクルックベシ伍長と似ている。
ただ、髪の毛どころか眉毛まで剃っていて、誰がどう見てもかつて懲罰部隊に居た事が容易に想像出来る姿だ。
「…青くせえ、こんなガキがオリ(・・)等の上司でしかもカーラマンなのか…しゃらくせえ!」
マジド曹長を探して声を掛けた時の第一声がコレだった。大丈夫、馬鹿にされるのは慣れてるさ。
「マジド曹長、ぜひこのフネの構造とかを詳しく教えて欲しいんだ、頼む!」
頭を下げて拝むと、マジドもまんざらでもないという顔をしながら、帽子のつばを弄くった。
「…へん、はんかくせえ。オリ(・・)も忙しいんだ、1時間くらいしか教えてやらなくせえぜ」
……ちょろいぜ。
「ん、今なんか言ったか?」
「いやいや、空耳でしょ?」
マジド曹長の教育システムは実地研修の様だった。機関室を巡りつつ、難しい用語を指し示しながら連発する。
「分かるか? アスコ(・・・)にあるのが“飛行石”だ。圧力をかけると熱が上がって反重力の素粒子が放散されるのさ。因みに重力に反作用を起こすから、宇宙空間じゃあ使えねえ。分かるな?」
「は、はい」
「で、これだけじゃあ進まねえから、上空の風をエアロ機関で捕まえて圧縮し、ターボファン回してその電力でプロペラ回して速度を得るわけだ。でも初めの初速がどうしても遅くなっちまう。だから補助ジェットで加速するってえ寸法よ」
「なんか…二度手間?」
「そーだよ、アホくせぇぇぇぜ! 帆船にした方がよっぽど構造が簡単なのによ!」
そう吐き捨て、お次はと上部装甲を開けて吹きさらしの甲板に出た。
帆船にしない理由…被弾率を下げるためだろうか。帆船は効率は良いが、弱点を晒している様なものだからだ。だからといって機動力が犠牲になるのは本末転倒だけどな―
そんなことを考えていたら、風が暴力的に容赦なく2人をぶん殴る。
「見えっだらあああ? 上部に6門、両舷に2門ずつの計10門の電磁加速砲が付いてらあああ!」
「あああああ、分かるゎぁああ!」
風切り音が凄いので、二人ともどうしても怒鳴り合いになってしまう。
「ッだーし! 装甲は堅ぇええ! 複合チタン装甲で約3オルタ(約90㌢)の厚さだらあああ! そうそうこの装甲を抜くヤツァァァいねえ!」
「っよーーーく分かったぁああ! ところで!」
「ぁああああ!?」
「あの艦の四角部分に付いてる出っ張り…ありゃああ何だああああ!?」
「アレは、ロケットアンカー(※錨)よぉぉぉ!」
「何に使うんだああああ?」
「アレをォォォ敵艦に撃ち込んでぇぇぇ、強制的に引き寄せてぇぇぇ、敵艦に乗り込むのさぁぁぁぁ!」
「千切れたりしないのかぁぁぁ?」
「馬鹿こけぇぇぇ! 何百万タラント(㌧)でも千切れねええ、超展性チタン合金でできてらぁぁぁ!」
バンバン甲板を叩いて大笑いするマジドに、鼻水を飛ばさぬ様抑えながら、ノラは急いで中へと戻る。
ガタガタ震えながら、マイナス何十度だか知らないが凍え死ぬな…そう思った。




