ヴ帝国電撃訪問(前編)⑩
「お主等の任務はなんぞ? わらわを護衛する事ではなかったのか?」
「うはは~っ!」
急いでライラ王女の居る迎賓館前まで戻ったが、時既に遅し、もう会見を終えた王女が御立腹で、一人ぽつねんと待ちぼうけを食っていた。
そりゃまあ、怒るのも無理はない。誰だって見知らぬ場所に置き去りにされたら不安に思う事だろう。
平身低頭して謝り倒し、控えの間に入って、お菓子と紅茶を提供すると、少しだけ機嫌が収まったようだ。
「へ、陛下……か、会見はどんな首尾でしたか?」
分かり易く揉み手をしながら、クッキーをジャンガリアンハムスターみたく頬張る王女に向かって、媚びを売るノラ。
「ふん、上首尾に決まっておるわ。捕虜と鹵獲艦は即時返還、その代わりに講和条約と安全保障条約を取り付けたわ」
デカが「ほぅ」…と感嘆のため息を漏らした。
今日の目的は会見だけだと思ったら、手回し良く一気に条約締結まで漕ぎ進めてしまったとは…この8歳児、見た目に騙されてしまうが、かなりやり手の様だ。
「フン、大した話でもないわ!」
悪態とは別に、嬉々として会談の内訳を得々と語りだすライラ王女。
「…捕虜を養うほどの余裕が無いのはお主もイズミルで身に染みて分かっておるじゃろ?」
「は、はあ。確かに」
イズミルでのマーガレット中将が思い起こされる。そういえばマーガレット中将は今回の捕虜交換の筆頭格だった筈だ。元気であろうか?
「数万もの捕虜の食糧費だけで我が軍の経済は真っ赤っ赤じゃ。それに逃亡兵も出れば、ただでさえ少ない兵隊を捜索に割かねばならぬのも業腹じゃ。それでも逃げるヤツはまだ良い。一番問題なのは……」
「“スパイ”でさぁね」
デカが不意に発言した。
「そうだ。長く留め置けば置くほど、基地内や総兵数、装備兵器等が悉くバレてしまう。それだけじゃなく兵站能力や開発技術なども…な」
…なるほどね、扇子男が躍起になって北部同盟の再編成に血道を上げていたのは、露見した脆さを繕うためだったのか……
いや、そうじゃない…!?
ノラは顎に手を掛けて自問自答を繰り返す。
敢えて、捕虜が居る時に兵站の脆弱さを見せつけて、わざとスパイが報告しやすいようにしておき、捕虜返還でスパイが居なくなったのを見計らって後、兵站改革をすれば…敵は見くびる筈、パンジール・ウルケーを。と、すれば…!!
パンジール・ウルケーはヴ帝国と和平を結んでおきながら、いつか再戦するのを虎視眈々と狙っているという事か。
勿論、そうじゃない方法もあるのかもしれない。だが何重にも罠を張り巡らせなければ、この修羅のような世界で弱小国が生き残れないのか。
「…分かったか、英雄くん。そういうことじゃよ」
ノラの表情から何かを読み取ったのか、満足そうに王女が頷いた。
この王女、ただのお使いではなく、ちゃんとそこまで読んで動いているのか。
しかし…見れば見るほど王女はサラディナ司令官よりも、フィデル参謀に似ている。そういえば昔、噂でサラディナとフィデルが一人の女性を奪い合ったとかいうスキャンダルを聞いたような気もするが……まあ、この際それは関係ないか。
「それに石油が足らぬ。動かん船を持っていても仕方がない」
可愛らしい王女の声で、ハッと沈思から戻ってくるノラ。
ここ大ユピタルで「飛行石」が発見されたことにより、地球での大量消費社会は終わりを告げた。
その最たる代表が「石油」である。
今までの何十分の一にまで石油消費は落ち込み、困った石油カルテルは活路をユピタルに見出した。
皮肉にも「飛行石」が地球の石油に取って代わった分、「石油」は大ユピタルの最大輸入品目となったのだ。それはなによりも戦争の消費の為である。もっと戦争するために、もっと人を殺すために。火薬と石油が戦争には欠かせないのだ。
高機動性とは何のためか? 人を効率よく殺すためだ。
「今の我等の取り分などはたかが知れておる。宇宙港を手に入れなければ、最新兵器などは絵に描いた餅よ」
フンとまた鼻を鳴らして紅茶を飲み干す王女。そんなに水分摂って大丈夫なのかな…若干の不安が胸をよぎった時、王女が蒼い顔をして言った。
「…ところで、ノラ・シアンよ。そなた、この建物のトイレの位置はちゃんと把握しておろうの?」
……しまった。




