ヴ帝国電撃訪問(前編)⑤
新型の強襲揚陸艦は「アララト級」よりも一回り小さくてスリムだった。
この艦のユニークな部分は、ジェットエンジンではなく、エアロ機関によって風を捕まえて効率的な推進が可能になっている事だ。つまりは省エネなのだ。
「コアンダ効果」と言えば分かり易いか。速度がある程度出たら、ターボファンが作動して発電し、それで中心ファンを回して 風を取り込んで推進力にするのだそうだ。…ただし、ある程度速度を出すためには従来通り、ジェットエンジンを使う必要はあるのだけれども。
コレを開発したのは、例の超電磁砲を作った開発班らしい。その点だけでもノラ達の信頼は得る事は叶わないだろう。
ノラはその開発班の人達に興味が湧いた。いつか是非、一度会ってみたいものだと思う。
底面の装甲は薄くなっている替わり、ブロック構造になっており、最大船体の65%まで失っても航行が可能だとの事。そして兵装も控えめだ。
「無駄に兵装を増やして、相手を威嚇しては特使の艦として失格じゃからな!」
10歳(※後で確認した)の幼女の癖に、妙に厳めしい言葉で我が事のように自慢する王女・ライラ。
…本当に分かってるのかねえ?
一応、データ上では210リーグ(※約200㌔)出るとの事で、アララト級よりも二倍の速さを誇る。
艦名は厄除けの意味合いも込められ、「ナザール・ボンジュー」と決まった。
「管制塔、“ナザール・ボンジュー”の出航を認められたし」
…人員が少ないため、通信兵だったドブロクが、艦橋の通信士をも兼ねている。
扇子男と出会ってからきっかり4分後に、無事、ナザール・ボンジューは東のヴ帝国の首都“スクエア・ガーデン”に向けて一直線に突き進み始めた。
「艦長。機関部から、連絡があります」
出航してスグに連絡が入ったので、デイル少佐を振り向くドブロク。だが、目線をチラリとやっただけで反応しないデイルに戸惑う。
「…? あ、連絡繋ぎます」
「艦長、このエアロ機関てヤツぁ…デリケート過ぎますぜ!」
途端にブタゴリラの様な屈強なオッサンの声が艦橋に響き渡る。機関長のマジド曹長だ。艦長が無口なのを知っているので、どんどんと喋る。
「発電のファンが全然回りゃしねえ! 効率悪すぎだぜ、ゴンダクレが!」
「………」
「まあそういう訳だ。いきなり全力ってのは諦めて、ユルユル暖めながら機嫌取っていかねえとスグに焼け付いちまうって事、憶えといてくんな!」
言うだけ言うと、マジド機関長は一方的に通信を切ってしまった。
「……全力を尽くしてくれ」
通信が切れた後、デイル少佐がボソリと呟いた。
「これ、ソコな頼りない新兵! わらわの元に近こう寄れ!」
デッキへと続く通路でノラ・シアンが自室を探していると、呼び止める者があった。
「はぁ…オレですか?」
「そうじゃ、早よ来い! 痴れ者メ!」
まあ、そのシルエットと口調で誰かは一発で分かっていたが、案の定ライラ王女だった。
ノラがノラ・シアンだと気づいていないらしい。威厳が無いのと、病み上がりでヨロヨロしている事、それとそもそも、貴人は下々の顔なんていちいち覚えないものかもしれない。
「苦しゅうない、わらわをトイレまでエスコートする栄誉を与えてやろう」
広いオデコを光らせて、ドヤ顔で指図する王女。
「いや…貴方と一緒に急きょ乗り込んだんだから、オレがトイレの場所知っている訳ないでしょ?」
そんなことは知ったこっちゃないとばかりに地団太踏む王女。なんか、いつもはネコ被っていたのかな?
「何をしておるのじゃ! 早くせい!」
マズイ、顔が赤くなっている。コレはもうそんなに時間的な余裕がないのかも。
「…え、じゃあ艦橋で訊いて来ます」
「愚か者、それでは……!」
そして消えそうな声で後を続けた。「もう持たない……」
「ええ~っ!」
なんで、そんなギリギリになるまで我慢してんだ、コイツ。
…ああいや、大人達の中で緊張していて尿意を忘れていて、リラックスしたと思ったら見知らぬ艦の中だったという事か。
「じゃ、じゃあ取り敢えず……手当たり次第にそこら辺のドアを叩きます!」
慌ててノラが目にしたドアをいくつも叩いて回るが、そもそもキャビンは士官用であり、そしてその士官の殆どは環境に居るのだ。誰も出るわけがない。
「あわ…あわわわ! じゃ、じゃあそこにあるバケツに……!!」
遅かった。
…いろんな意味で。
 




