ヴ帝国電撃訪問(前編)④
一気に老け込んだかのような感覚。
おいおい、未だ十代だぜ?
自嘲しながら、新しい制服に袖を通す。黒い制服なのは部落出身を意味する。それでも今、この黒い制服は軍部の中でもあこがれの象徴となりつつあるらしいと、聞いた。
今だ止まぬ差別と、それに喘ぐ者達の為、もう一度……前に進もう。制帽を被って扉を開ける――
「イズミル隊、出立!」
ココ、大パラチンスク要塞内にある部屋を出ると、通路に部隊が第一種礼装で待機していた。司令部から通達があったのだが、まるで殴り込みにでも行くかのような勢いだ。着剣もしてある。
実際、司令部がまた難癖でも付けようものなら、我等が隊長を守らんがためクーデターをも辞さない覚悟だった。
先導するデカに軽く目配せしてから、昨日まで廃人だったのが信じられない程、威風堂々とした足取りで、総司令部へと向かっていく。
「おお、よく来たな!」
中で待ち受けていたのは、巨躯のアイパッチ、ドン・ボルゾック中将だった。
老将はスグに気配を察したはずだが、自然と受け流し、友好的なムードへと一気に変えてしまった。ノラを抱きかかえて、熱く抱擁する。
「おおお、こんなに痩せちまって……苦労させてすまんかったノウ!」
「ドン、色んな仲介ありがとう」
傍目から見れば孫と老人の邂逅に見える。元々ボルゾックがデカすぎるのもあるのだが、大きさのコントラストが大きいのだ。
「では早速、今回の作戦を説明しよう!」
そう言って、ドン・ボルゾック中将が、会議室の奥へと促す。
ドンの副官であるデイルが居るのは当たり前として、中央に座るのはフィデル・マスーラ参謀総長。と、取り巻きの参謀達。
その中に違和感があった。6~8歳くらいの少女がちょこんと座っているのだ。黒めな茶髪に、妙に人を不安にさせる鳶色の瞳。頭に王冠を被っているのがちぐはぐさを助長している。
(なんだ? あのちびっ子?)
あの妙に人を見透かす様な鳶色の瞳…どこかで見たことある……
「…それでは大尉。今回の作戦の概要を説明しよう」
徐にフィデル参謀が口を開く。
「敵国であるヴ帝国へ電撃訪問を果たし、同盟を締結してもらうのが目的である」
オオ~ッとどよめきが起こる。あまりに予想の斜め上だったのだ。
「無論、諸君らは全権大使ではなく、任務は護衛である。不測の事態で攻撃されても、絶対に使節団を守り抜く事を主命とせよ」
「いやあの……」
ノラが発言しかけたのをドンが横で押し留める。その戸惑いは想定済みとばかりに、フィデルが頷いた。
「…という事で、アララト級強襲揚陸艦を改造した高速艦を貴部隊に寄与する事となる。艦長に最適なのはデイル少佐と推薦があったので、付けることとする。だが……」
そこで扇子を開き、勿体付ける。
「…護衛艦は付かない。強行浸透行だという事、全速力で辿り着く事が最重要だと心得て欲しい。そして全権大使は……」
今度は扇子を閉じてちびっ子の方を指した。
「サラーフ・マスーラ司令官の一人娘、時期当主ライラ=ベラ・マスーラ王女に任命している!」
再度どよめきが起こる。いや当然だ。こんなちびっ子に全権大使が務まるのか? というか、ヴ帝国が使節団として受け止めてくれるのだろうか?
だが当人はドヤ顔で、問題ないと胸を張っている。
ああそうだ…彼女の瞳の色は、扇子男こと、目の前のフィデル参謀と同じなのだ。
「パンジール・ウルケーの次代を担う、たった一人の王族である。決して粗相をするなよ、ノラ……!」
最後、ボソリと仏頂面で釘を刺してきた扇子男。
「ではこれより、すぐに出発してもらう」
「え、すぐ!?」
「だから礼装する様に言っておいたんだろう。情報漏洩を防ぐためにも4分以内に出発せよ。…いいか、パンジール・ウルケーとて一枚岩ではないのだ。獅子身中の虫が居る事も忘れるな?」
…そうして、半ば追い出されるように司令部から放り出されてしまった。




