ヴ帝国電撃訪問(前編)②
衛星エウロパであるところの、ユピタルヌスの冬は寒い。
元々は-148度にも下がりこむ気温だったのを、小惑星を何個も落とすコトによって強制的に大気を構成させたのだ。先人達の弛まぬテラフォーミングの結果、重力は月並みとなったし、気温も氷点下50度以下になる事は無くなった。
とはいえ、それでも-30度なんて珍しくもない。人口太陽は木星側に取り付けられているのだが、先述の通り、小惑星を落とすことによって自転速度が極端に遅くなったのだ。そのために人口太陽が届かない地域が約3か月間、まんべんなく訪れる。
だから刑務所には大きな壁など必要ない。だだっ広い荒野に杭を打ち付ければそれでよいのだ。逃げようにも、全てを凍てつかせる雪嵐が逃亡者を強固に阻むからである。貧相でも風雪を防ぐ小屋のある、刑務所から逃げたいと思わない筈だから。
そんな前時代の人権家が見たら発狂しそうな場所、「ハミディイェ刑務所」に独りの訪問者が姿を現した。
大きなドーナツ状に鉄条網が敷かれ、その内側に小屋が連なり、更に中心にだけ綺麗な白亜の監視塔が立っている。そこがハミディイェの心臓部でもあった。
怪訝な顔をしながらもやる気のなさそうな看守が、訪問者の認証を済ませ、スピーカーマイクに向かって怒鳴った。
「囚人番号628番、面会だ、出ろ!」
~ハミディイェには不思議な噂が立っていた。
最近入った囚人が、極寒の外に甘んじて出ているのだというのだ。苦行者でもあるようだし、穏修士なのではないかとも言われてるとか。
その隠修士…囚人番号628は、今日も雪原にボンヤリと座っていた。着ているのは横縞の囚人服のみ。普通なら死んでもおかしくない。
「………何やってるんです、ノラ・シアン中尉?」
訪問者はパンジール・ウルケー支給の防寒コートで、その巨躯を守っている。火の消えたシケモクを口にして、タレ目に無精ひげ。
デカ特務曹長であった。
「デカか………」
反応が無いので、もう一度語り掛けようとデカが口を開きかけた時、目前のボロクズの様な物体から声が漏れた。
「……オレはあの時、隊長という責任ある立場を忘れ、仲間を多く死なせてしまった………フィデル・マスーラの言う通り、仲間の命の重みを背負える器じゃなかったんだ………」
聖都での戦闘でトルノヴァツ特務曹長、イスメド一等兵、スレイマン軍曹、その他、元・懲罰部隊の数名が命を落としている。23名で編成されたイズミル隊は今や、隊長不在の11名しか居ない。
……あの日、サンダリエ将軍の遺体を回収する事に成功はしたのだが、運び去るのは不可能だったため、遺髪を残して爆破処理を行った。それが目印となって乱戦となり、指揮系統も無く、皆それぞれに散り散りとなって逃げたのだ。
デカは生き残った数名と原隊復帰を果たしたが、ノラは消息が掴めなかった。
足跡が分かったのはそれから数日後。
近隣の農民から野菜泥棒が出たという事で捕まえられたのが、ノラであった。或いはわざと捕まるために盗んだのかもしれない。とはいえ食品が品薄なユピタルの世界では、結構な重罪である。
更に身分を証明する物が無かったのと、名前を云おうとしなかったために、普通に刑務所に入れられてしまったのである。
それでもパンジール・ウルケー諜報部は優秀で、すぐに身元が判明して釈放も出来たのだが、何故か本人が出所する事を拒否して……現在に至る。
「バカヤロウ!! そうやって引きこもって全てから目を背けたら、死んだ奴が生き返るのか?」
居たたまれなくなって思わず怒鳴るデカ。大体責任を問われれば、隊を解散した後、ノラに付いて行くよう指示したのは、デカである。自分の判断を棚に上げていじけているノラを見ると、何故かデカは内心、嫌な汗が出るのだ。
――無言。反応が無い、ただの生ける屍の様だ。
降り積もる雪を払って、胸ぐらを掴んで無理やり立たせる。
「生き残った、オレ達もアンタが居ないと許された気がしねえんだ!…それに思い出せ……!」
そして一息入れる。
「『生き抜いてこの戦争の不実を見届けろ』だろ!?」
ビル上等兵の遺した言葉にビクンと反応するノラ。デカはちょっとホッとした。コイツは還ってくる。
「いいか、生き残った仲間の為にもこれがラストチャンスだ……ドン・ボルゾックがアンタを呼んでいる。きっと特命だ」
…敢えて言わなかったが、ドブロクも毎日泣いて過ごしている。そのうち涙の出し過ぎで干物になってしまうんじゃないかというくらいだ。オンもウェイ系のギャル口調が出ず、何を言っても「うー」とか「あー」とかしか言わなくなった。ドクズもセキズも引きこもっている。何とかしてもらいたいのはコッチもだ。
そしてノラのカリスマ性を改めて評価する。コイツはこういう人生を歩むべくして、あの日顕われたんだ。
「…泣き言を言うんだったら初めから戦争に出るもんじゃない。アンタはもう、足をこの地獄にツッコんじまった以上、一生その肩には星と責任が付きまとうのさ」
そうして彼の軍帽を差し出した。
「…ああ、そうだな………だけど、お前が無理やり引き吊り込んだんじゃないか」
帽子を被りながら恨みがましい目のノラ。フフ…と笑う、デカ。
「…そうだったか?」




