第一次聖都攻略戦(バルジ作戦)⑫
風邪引いておりまして遅れました事、お詫び申し上げます。
ユピタルヌス歴322年、13の月の21日。
パラチンスク要塞南方の領空を威力偵察していた、ドン・ボルゾック率いるスカルパント隊の僚艦「アララト」が、あるモノを目視した。
それは所々から煙を噴きつつ、燃料切れでヨタヨタと進む兵員輸送船、「ボモンティ」であった。
ボモンティがイズミル隊の艇であることをよく承知していたボルゾックは、すぐさま救助接収に努める。
だが、そこには彼の思い描いていた人物は居なかった。その代わり、ボルゾック中将と比べると小動物みたいなドブロクを見つけた。とはいえ、ボロボロで気付くのに若干の時間を要したが。
「おお、どうしたドブロク。よくぞ無事だった!」
「…………」
だが、煙と煤に塗れた彼等の表情は良く読み取れない。何より無言なのも不気味である。
改めて確認すると、ドブロクとオンとハリデにイェディ、そして双子のドクズとセキズの6名しか居ない。
「一体……ノラ・シアンはどうしたんだ?」
すると、無言だと思っていたドブロクが、肩を震わせているのに気付いた。
煤で真っ黒だったが、ドブロクの顔はよく見ると鼻水と滂沱の涙でグチャグチャだ。
「…ふぐぅぅぅ………」
そして手に持っていた長い包みを、ドン・ボルゾックに差し出す。
受け取ってから広げて、ボルゾックはそれがアナトリア師団の師団旗だという事にようやく気付いた。
数日前に、シーラーズ隊によって師団旗が持ち出された事は話として聞いていた。だが…それの回収にまさか……ノラ・シアンのイズミル隊が使われていたとは…!
聡明なるドン・ボルゾックはそこで全ての思考のピースが当てはまる。
ボロボロのボモンティは聖都に強攻したため。兵員の数が異様に少ないのは、戦闘に巻き込まれ、多くが還らなかったため。そしてノラ・シアンが居なくてドブロクが泣いている事は――
「本艦はこれより、聖都に向けて攻撃を敢行す! 回頭ーッ!」
真っ赤な鬼の形相になったドン・ボルゾックの突然の命令は、巨大な艦の隅々まで拡声器無しで聞こえた。
「お、お頭! 無茶でさあ!」
副官のデイルが青ざめた顔で諫めるも、怒った時のドン・ボルゾックは止められない事は重々承知している。とはいえ、今単独で攻めてもアララトが撃ち落とされるのは目に見えている。
「だ、駄目ですだ! ノラ隊長は、この旗を総司令部に届ける様に言われてましただ!」
ボルゾックの足元で、彼に負けないくらい大きい声が響いた。
6名のイズミル隊の残滓が、泣きながらボルゾックを押し留めていた。
「……だが、今行けば助けられるかもしれないんだぞ?」
声のトーンを随分落として、しがみつく6名に優しく語りかける老将。
「…ノラ隊長の望みは、任務の全うですだ……だもんで……」
彼等とて、本来は真っ先に隊長を探しに行きたいはずだ。それでも健気に命令を遂行しようとする心意気に、ボルゾックは怒りに任せた己を省みて恥じた。
「分かった。スグに総司令部(G.H.Q)に向かおう」
そうして、アララトはいったん南の聖都に回頭した艦首を再度、北のパラチンスク要塞に向け直して全力で進んでいった。
恐喝じみた怒りと、皮肉たっぷりで師団旗を届けたドン・ボルゾック中将と、イズミル隊の生き残りによって報告された戦禍は、あまりにも大きく、被害は甚大であった。
特にサラーフ・マスーラの落胆は大きかった。
結果として、聖都攻略戦は大失敗に終わり、パンジール・ウルケーは初の敗北を経験する事になる。
そして、「英雄」を喪った事に関する心証のダメージは思ったよりも大きく、二階級特進とムスタファ・ケマル大勲章が彼の遺影に贈呈されたのだった。
失ってみて初めてフィデル参謀も、彼が、パンジール・ウルケーの立て直しに必要なマスターピースである事に気付いた。とは言え覆水は盆に返らず。
ノラ・シアンの安否はまだ誰も分からない。
終わりじゃないからね? まだ続くからね! 大切な事なのでもう一回書くけど、未だ終わってないからね!!
新章はまたも2か月ほど後になります、お気軽に待っていただけましたら幸いです。




