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ユピタルヌス戦記  作者: いのしげ
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第一次聖都攻略戦(バルジ作戦)⑤


 「被弾、機関部後方…なれども軽微ッ!」

 ヒョロリとした風貌に、ソバカス面のハリデ二等兵が叫ぶのと、船体が大きく揺れるのは同時だった。

 何かを知られる赤いランプと陳腐なアラームがけたたましい。ややあって「ボモンティ」は大地へと不時着した。

 「こりゃあ、ココから歩きってこったっすねぇ……」

 メフメド伍長が唾を吐きながら笑いこんだ。別に面白いって訳でもないが、彼の場合、笑い以外の表情が出せないんだろう。きっと戦争で他の表情を吹っ飛ばされてしまったんだ、とトルノヴァツ特務曹長が言っていた。イズミル隊には一癖もフタ癖もある連中が多いと思う。

 「仕方ない、オンとイェディはハリデの手伝いをして修理に当たれ。修理が終わり次第、合流する様に」

 オンが「アチシ、機械いじりなんてやった事ねーし!」とかブチブチ言っていたが、クルックベシの孫なんだからきっと手先は器用な方だと思う。

 隊伍を組み直し先を急ぐと、ムアントロス隊の本隊が見えて来た。

 「ああん? シーラーズ隊だぁ? もう聖都の方に突入してんじゃないのか~?」

 ムアントロス隊ドスタム将軍麾下、親衛隊のイシュマイル大佐が、耳を穿りながらもぞんざいに教えてくれたので、駆け足にして歩を早める事にする。

 訓練中の歌を卑猥な替え歌にして陽気に駆け足で進んでいたが、だんだん口数も無くなってきた。

 「隊長、そろそろ夕食の時間を作りましょうや。オレ等は慣れていても、新人共がへたり掛けてやすぜ?」

 ホッホッホッ…と息を整えながらデカが耳打ちする。

 「…いや、シーラーズ隊の進軍速度が速すぎる。もっと追いつかないと、師団旗の奪還が困難になってしまう。もう少し目処が着くまで行軍速度を緩めるな」

 「…チキショーメ!」

 この「チキショーメ」は本来の意味での「チキショーメ」なんだろう。だが、数歩下がったまま黙っているという事は、不承不承ながら呑みこんでくれたという事だろう。

 

 小一時間も走った所だろうか。

 パンジール・ウルケー制式であろう、鈍重なトラックが列を為して街道を塞いでいる。

 基本ではあるが、「船」は輸送コストが超低い代わりに小回りが利きづらいのと、敵に狙われやすいという難点がある。

 トラックはペイロードが低いしコストも高いのだが、小回りが利いて、前線までの兵站を、ロジスティクスを潤滑に担えるメリットがある。

 だからトラックが列を為す…という事は、いよいよ前線へ近づいた事を意味している。

 「おーい、ココはどの部隊所属だ?」

 ノラがトラックをバンバンすると、運転手がヒョイと顔を出した。

 「あ~ん? ウチ等はサンダリエ将軍麾下シーラーズ隊の、第4輜重連隊だぁ。お前らこそ、何モンだ?」

 「自分らは……」

 ノラが名乗ろうとした瞬間、シュルシュルという何かが降ってくる音と共に、目の前のトラックが爆発四散した。

 「ノッ…ノラ隊長ーッ!?」

 敵の迫撃砲だ。いやますにも敵がこのバルジ(突出)部分を包囲しているのだ。もう一刻の猶予も無いが…それよりも隊長の安否は?

 ―瓦礫がモコモコ動いて、真っ黒い何かが這い出してきた。

 「ノラ隊長ーッ!!」

 ドブロクが泣きついて、ノラの顔じゅうに付いた煤と泥を拭い取った。

 ノラがずっと右手に握っていたものを放り出した。人の千切れた腕だ。

 「…くそ、死んじまった」

 さっきまで話していた、トラックの運転手の左腕だったものだ。

 彼等も、サンダリエ将軍の無茶な作戦さえなかったらこんな所で死ぬことも無かっただろうに…そう思うと、ノラの心に冥い情念が湧いた。


 南に目を見やると、宇宙港を意味する軌道エレベーターの高く白い塔と、聖都を象徴する国会議事堂のビルが見えている。

 国会議事堂のビルは、てっぺんが金のドームになっており、大変分かりやすいのだ。

 相変わらず、弾幕が飛び交っている。

 「……うん、ここで少し食事休憩しよう」

 シーラーズ隊の第4輜重連隊は、先ほどの迫撃砲の着弾後、クモの子を散らすように逃げてしまった。元来た道を戻ったのか、サンダリエ将軍の後を追ったのか……それは定かではない。

 変な戦場での空白。

 そしてこれから来る、フィールドの予感。

 全てを察して、今回は「チキショーメ」と言わずに、デカが淡々と食事休憩の指示を出した。

 

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