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ユピタルヌス戦記  作者: いのしげ
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序章ー④


 ノラ・シアン二等兵が殴られている頃、パンジール・ウルケーの州都アナトリアの近くにて魚釣りをしている者がいた。


 一瞬、不思議には思えないかもしれない。

 しかし良く見ると、その男が垂れている釣り竿には釣り針が無かった。

 そもそもの話を言えば、その池……というより、ユピタルには淡水魚は居ない。じゃあその男は何を釣っているのか?

 その答えは直ぐに出る事となる。

 その男の後ろに一つの影が現れた。

 「…釣りは魚を獲る行為だけが全てではありません。何かを待つ…何かを瞑想する時…有効なのですよ。だから、無為な部分の釣果を省いたのです」

 後ろの男に諭すかのように呟く男の声は、あまりにボーイソプラノで、性別の判別が難しい。

 だが後ろに立つ男は、釣りをする人物の声に耳を傾けていなかった。

 「フィデル…もう一度私を助けてくれないだろうか?」

 所在無さげに指をせわしなく動かす、声を掛けたシュッとした髭の人物こそ……パンジール・ウルケー(獅子の谷王国)の現当主、サラディナ・マスーラ司令その人であった。

 声を掛けられた男………男と言っていいのだろうか?

 妙に線が細い。何より首が細いので、一瞬女と見まごう。

 まつ毛もやたらと長い。物憂げな瞳で、片手の扇子で口元を隠している。

 「サラーフ。僕はもう、戦には興味無いのですよ。今回で3回目ですか…戦などもうお止めなさい。民の疲弊が聞こえないのですか?」

 声は確かに男である。サラーフはサラディナの愛称だ。

 「フィデル、従弟だからこそ分かるんだ。君こそがこの国の当主に相応しい! あの社会主義国の猛攻を全滅に導いたのは…君だ!」

 髭の男とて、体格が良い訳ではない。ヒョロリとしている。その彼をして、釣りの男は女っぽく、妖艶に見えた。

 「……あれはやりすぎでした。私は隠棲して読書を楽しむ事こそが楽しみでしたのに……こうして君に目を付けられてしまった」

 「フィデル・マスーラ。君の言う隠棲というのは、狂った宗教に多くの書物が焚書の憂き目に遭っている現状でも、適う夢なのか?」

 物憂げな男=フィデルの顔が僅かに動く。

 「『アトゥンの火』がそんな事を……!?」

 「ああ。荒野よりそんな情報が入っている。もう…この星はお終いだ……」

 「一つ、訂正と……一つ、約束があります」

 釣り針の無い竿を手繰ってしまいつつ、優男が立った。

 「サラーフ、君は決して無能ではない。何故なら、僕をこうして見出した。そして……」

 サラーフの肩に手を掛けるフィデル。

 「ピンチの時に、その処理を対処できるたった一人の人間を選別出来た」

 「……いや、私は凡庸さ」

 サラディナ・マスーラは知っている。マスーラ家の才能は隔世遺伝する事を。なにしろ先代が凄すぎた。戦死した後、フィデルという傑物が居なければあっという間に、パンジール・ウルケーが呑み込まれてしまったであろう事も。

 適う事なら、我が一人娘、ライラ=ベラ・マスーラにその才能が引き継がれている事を願うばかりだ。尤も、我が愛する娘はまだ8歳であるが……

 「サラーフ、君は凡庸なんかじゃない」 

 もう一度言う。そうとも…フィデルは知っている。彼とていっぱしの才能はあるのだ。ただ、時代がそれを許さない。だからこそ、この非常事態を自分が引き受けてやろう。ただし……

 「サラーフ。一つ約束しろ」

 いつにない従弟の真剣な瞳を受けて、ごくりと喉を鳴らしつつ、国主は頷いた。

 「これから来る国難はパンジール・ウルケー史上、最低最悪の状態だ。だから僕も非情の作戦を用いる。君はその責任を黙って受けろ」

 グッと声を殺す、サラーフ。分かっている。彼はその優しさゆえに、この状態を招いた。

 だが、この先……クソみたいな綱渡りの連続をこなさなければ、パンジール・ウルケーの未来はない。それだけがハッキリしている。


 幾つもの時間が過ぎた気がした。

 汗だくになったサラディナ・マスーラ司令が全てを飲み込んで……頷く。

 「佳し……では、状況を教えてくれるか、司令?」

 サラーフを“司令”と呼ぶのは、社会主義国の戦闘以来か。臣下になったという証でもある。

 その事だけでサラディナ司令の腰は砕けそうになる。

 「自体は緊迫している、フィデル参謀総長」

 “参謀総長”と呼ばれるのも、先の大戦以来だ。つまり、『契約』が成ったという事だ。彼がそれを守る限り、パンジール・ウルケーは絶対的な鬼謀を以て死守して見せるに違いない。

 「『アトゥンの火』に要請されたヴ帝国が、『無敵艦隊』を此方に差し向けている。その艦数……約1000!」

 「…此方に対抗できる空中戦艦は?」

 「老朽艦が3隻くらいだ……」

 「場所は?」

 「マルマラ海……パンジール・ウルケーの内海だ」

 「ふん、よろしい。マルマラ海ならば、勝てる!」

 ニヤリと扇子の奥で笑った新しい参謀の発言に、サラーフは正気を疑った。

 「は? ななな…何を言っているんだ!? マルマラ海と言えば、海賊の跋扈する治安の悪い場所だぞ!?」

 「サラーフ司令。火薬を用いない“超電磁加速砲”の実用化にはどれくらい目途が立っているのかな?」

 突然、矛先の違う質問に戸惑いつつ、誠実に司令官は答える。

 「れ、“レールガン”の事か……独自の技術なので些か心許ないが、今の所7~8門程は試作品が出来ている」

 ふふふ……参謀が二たび笑う。

 「なんだ……思ったよりも簡単に勝てそうじゃないか……ついでに敵の最新鋭艦も頂戴するとしよう」

 …普通の凡夫がソレを言ったら、司令は激高して殴っていたかもしれない。だが、相手はこの星最高の軍師である。そのアイデアに賭けるしかない。

 「行こう、参謀総長。君の案を各将軍に教えてほしい」



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