第一次聖都攻略戦(バルジ作戦)③
「『軍備を整備しながら守勢を期待するという状態は、いかなる国家も堪え得るものではない』」
紆余曲折あって、何とか普段の姿勢を取り戻した扇子男こと、フィデル参謀の第一声がコレだった。
無論、サンダリエ将軍率いるシーラーズ隊が、勝手に突出した事実は聞き出している。
「? どういうことです?」
ノラの問いにフンと鼻を鳴らす扇子男。
「分からんか……サンダリエ将軍がメモに書いて残した文言なのだが―」
つまり、と滔々と述べ始める。参謀。
――敵である『アトゥンの火』は壊滅状態に陥っているが、時期を逃せばまたも息を吹き返すだろう。ノコノコ敵が復活するのを待ってるのは愚の骨頂だ……とまあ、そういう意味らしい。
また、こうとも採れる……と続ける参謀。
――自国に置き換えた場合、専守防衛で防衛費が肥大していき、いつか破綻する…攻撃は最大の防御だ…と。
それを聞いていたデカが、つまらなそうにツァッと小さく舌打ちした。
まあ確かに、なるほどとも云える。ただ、一端の兵士であるノラでさえ、相次ぐ戦争に倦んでいるのは事実。どこかのタイミングで休息と、イズミルに帰って町の様子が見たいというのが本音であった。町の復興にもっと関わりたい…そんな思いもある。
ただ、居場所が出来た縁と実績は、戦争によるモノというのも皮肉な事実。
だから、命令には従わなければならない。例えどんなモノでも……
「~そういう訳で、諸君には先頭のシーラーズ隊に追いつき、サンダリエ将軍から何としてでもアナトリア師団の師団旗を取り戻してもらいたい」
「サンダリエ将軍は結構、兵士に人気がありますぜ。もし(・・)抵抗して来たらどうするんでさぁ?」
デカがすかさず訊き返す。
「極力、同士討ちによる戦闘は控えよ。ただどうしてもの場合は……已むを得んが許可する」
「いやいやいやいや…こちらは建隊したばかりで、兵数もまだ20人くらいですぜ。向こうは軍閥で数千人も居るんでさあ! 突発的とはいえ、戦闘になれば間違いなく全滅するじゃねぃですがいや!」
「だから、極力『戦闘』という選択肢は考えるな!」
こちらの悲痛な叫びに負けじと、甲高い声でヒステリックに叫び返すフィデル。普段と違って余裕の無さがバレバレだ。
「…兎に角、穏便に済ませよ。ココがパンジール・ウルケーにとっての分水嶺なのだ。失敗は許さない、絶対に任務完遂を確約しろ!」
もう言ってることが無茶苦茶だ。だが、次の瞬間、信じられない光景が目に飛び込んできた。
フィデル参謀、並びにサラーフ指令が目前で土下座し、懇請してきたのだ。
「無茶のゴリ押しというのは分かっている。だが今…英雄だからこそ。英雄にしか頼めないのだ!」
異様な光景。
部屋にはたった4人しか居ない。その二人が土下座をし、残りの二人は茫然としながらビアジョッキを持って佇んでいる。
ややあって、泡が無くなって温いバイオホップをグビリと呑んだノラが呟く。
「…それも任務というなら、承認しました」
その声に残りの3人が、それぞれの表情でノラを注視する。
「ただし。将軍が投降した場合、寛大な処置を約束する事。それとイズミル市への助成金を毎年約束する事……!」
キッと睨むノラの眼力に圧されて、サラーフ指令が深く頷いた。
「チェッ、最前線まで弾を潜り抜けて旗を返してもらうなんざ、ガキの使いも良いとこですぜ!」
呆れて天井を仰ぎながら、嘆息するデカ。
「仕方ないだろデカ。パンジール・ウルケーあっての我々だ。国が滅んだら、オレはまた屑拾いの生活に戻る羽目になっちまう」
諦観の笑みで、大げさに肩を竦めると、ハッとデカが気を吐いて、扇子男に向かって言葉を叩きつけた。
「…『人間は、生来のものであるばかりでなく、獲得されたものでもある』ってか。良かったですなぁ参謀総長。ウチの隊長はお人好しで!」
そうして部隊に下知するために、それを見たノラがにっこり笑って、踵を盛大に打ち鳴らし、敬礼して退室する。
ノロノロと立ち上がった参謀と指令。
「大丈夫だろうか……?」
「さぁ……最悪のパターンも考えて、別の案も考えておくべきでしょうな」
そう言って、土下座の事など忘れた様に電話を掛けだす参謀。受話器のやり取りから、何と新しい師団旗を受注している様だ。
流石に事態が呑みこめた司令。「フィデル…この男、もしもの時はサンダリエ将軍に奪われた師団旗を“レプリカ”と言い張るつもりだ!」
黙って部屋を静かに出たサラーフ指令、せめてノラとの約束を守るため、会計予算局へと急いだ。イズミル市への助成金枠を増やす為に。
「…ヤロー、ゲーテ知らねえんすかね」
部隊へと歩を進めるデカが不意に口を開いた。
「サンダリエ将軍の伝言かい?」
「そうでさぁ。ありゃあゲーテの『格言』の一文でさぁね」
フフッと笑うノラ。
「ウチの曹長殿は学が深いから、オレも鼻が高いよ!」
「ヘッ、よして下せえ」
といいつつ、デカもまんざらでもない様子だった。




