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ユピタルヌス戦記  作者: いのしげ
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第一次聖都攻略戦(バルジ作戦)①

お待たせしました。新章再開です。


 ユピタルヌス歴322年、13の月の17日。


 大パラチンスク要塞の陥落とセミ=パラチンスク要塞の防衛成功を以て、パンジール・ウルケーを主体とする北部同盟は大勝利を収めた。

 それは『アトゥンの火』の圧政に長年苦しめられてきた聖都・A→アルトゥーフーンの住民にとっては福音だった。


 住民にとって恐怖政治の源である、アトゥンの火の「ギロチン」や剣による「斬首刑」は日常茶飯事となっており、密告の横行で互いが疑心暗鬼になって抑鬱されていた。

 そこへ高潔なる、誉れ高き名声を誇るマスーラ司令官が史上最大の難関、始祖王が絶対の頼りとした無敵要塞を打ち破ったのだ。住民が狂喜乱舞するのも不思議ではない。

 住民達はパンジール・ウルケーがいつ来るのか、いつ解放してくれるのか指折り数えて、心待ちにしていた。


 しかしながら一月経っても二月経っても、北部同盟の軍勢が聖都に顕われる事は無かった。

 何故ならば……北部同盟連合軍は、大パラチンスク要塞攻略戦で軍資金どころか、武器弾薬、人員も全て使い果たしてしまったのである。

 フィデル・マスーラ率いる参謀本部にとって、今や最大の敵は、司令部の天井にまで届きかねない請求書と、見積書という名前の紙の壁だった。

 その紙すら貴重品なのだ。本気で参謀本部はこの請求書の山を再生紙工場に回そうと考える始末だったのだ。

 それと―

 無敵艦隊を潰された後から不気味な沈黙を守る、ヴ帝国の存在も脅威であった。無駄に戦線を拡大して、兵站が伸びきった所にヴ帝国の侵攻があったのではひとたまりも無い。

 

 そうした中でフィデル・マスーラ参謀は、国力の回復に力を注ぐことと、ヴ帝国との同盟というウルトラCの政策を発案する。

 だが、これに大反対したのはシーラーズ領主の軍閥・サンダリエ将軍だった。

 シーラーズ領は聖都の西隣にあるため、聖都の情勢が入りやすい。そして、彼は決して強い将軍ではなかったのだが、兎に角、人望があった。

 一昔前の聖戦士ムジャヒディン同士の争いでは、彼こそが新たな王となるのでは…とも目されていたほどである。

 怒りに口髭を震わせ、大きな瞳を見開きながら、彼は作戦会議でこう発言した。

 「そんな悠長な事を待っていられるか! 今、我々がこうして手をこまねいている瞬間にも、聖都で待ちわびているパルチザンの仲間達が、無辜の民が。毎日何十人とギロチンの露に消えているのだぞ!」

 実際にそういうレポートは現地から、参謀部に届いている。

 アトゥンの火は壊滅的な被害を蒙ったので、綱紀粛正のためか、それとも単なるヒステリーなのか見せしめとして、言いがかりにも近い理由を付けては市民を断頭台に送り続けているのだ。

 聖都の約10リーグ(約17㌔)北部にアトゥンの火は最終防衛線を張り、なけなしの兵力を結集させている。

 敵ももう予備兵力は無い。だからここを一点突破して聖都に入れば、パルチザンが立ち上がり、アトゥンの火は内側から崩壊するだろう――それがサンダリエ将軍の主張だった。

 『聖都さえ抑えてしまえば、国力が一気に跳ね上がる。今は無理してでも聖都を奪取すべき!』

 この議論には甘美な響きがあり、他の軍閥の将軍も大同小異ながらサンダリエ将軍に同調し始めていた。

 大ユピタルの歴史で、それほど聖都とは重みがあったのだ。この星の代表であるという自負…でもある。

 だが、無い袖は振れない。薬莢から弾薬から、医療品に至るまで地球テラからの輸入に頼りきっているのだ。

 最新の人口調査で1100万人居ると発表されたが、それもこの大戦が始まってから食糧難や虐殺で出生率は下がり、死亡率が跳ね上がっている。

 「それでも! こんな時こそ、一時停戦し、国力回復に努めるべきです!」

 フィデルの主張は正しい。が、正しいからと言って人の心に響くものではない。

 「―聖都を落としたらスグに停戦すればいいだろう。大体ここまで強硬路線を貫いてきたのは、他でもない貴方じゃないか!」

 そう言われては流石のフィデル参謀とて、ぐうの音も出ない。


 こうして議論は決裂に終わった。



 ユピタルヌス歴322年、13の月の18日。


 翌日とて、同じ不毛な議論に磨り潰されるのか…と思うと、扇子でいくら隠してもフィデル・マスーラの顔色は冴えない。だが、議会場へと近づくと昨日とは打って変わって慌ただしい気配に包まれている。

 「どうした…何事か?!」

 近くを通りかかった人物に誰何すいかする……と、何よりその人物は当主である、サラーフ・マスーラ司令官その者であった。

 気取ったそぶりも無く、サラーフが狼狽して訴える。

 「いやぁ、大変な事になったのだよ!」

 「だから…何がです?」

 「ぜ、前線を構築していたシーラーズ軍が…サンダリエ将軍が、独断で侵攻作戦を開始したのだ!」

 「…………」

 「それに続いて、功を焦った近隣の同盟軍も後に続いているんだぞ!」

 己が軍師の反応が薄い事に、半ばキレ気味で畳みかけてくるサラーフ指令。

 それにも反応せず、地図を穴が開くほど見続けるフィデル参謀。

 大パラチンスク要塞を『G.H.Q(総司令部)』として、扇状に前線を展開している図が描かれている。聖都までの街道筋は確かに、シーラーズ軍が担当していた。

 近くにはムアントロス隊、シヴァス隊、ワン隊、ウスキュダル隊などが前線を構築している。

 この中で子飼いの隊といえばシヴァス隊だけ…後のは同盟軍の軍閥ウォーロード達の寄せ集めである。 

 背中を震わせるフィデル。言い過ぎたかと思って、そっと肩に手を掛けようとしたサラーフが、違和感を感じて、手を止める。

 「ククククク……ッ!」

 扇子越しに従兄弟が嗤っていた。

 「良いじゃないか、サラディン。奴ら軍閥を一網打尽にして弱体化すれば、パンジール・ウルケーを頂点とする、綱紀粛正で一統化した新軍隊イェニ・チェリを編成し直せるじゃないか!」 

 これだけの兵站の肥大と金欠はそもそも、命令系統の整っていない現状にも問題の一端がある。

 邪魔な奴は死ね。残された領土と人材はパンジール・ウルケーが有り難く吸収してくれよう……そして中央集権化するのだ。我等が軍師殿はそこまで計算していた。

 高笑いするフィデル参謀に怯えつつ、国王が小声でボソボソ話を続ける。

 「…いやぁ、総司令部の師団旗も勝手に持っていかれてしまったんだよ……」

 「ナニーーッ!!

 今まで悪の権化の如く高笑いしていた参謀が叫ぶ。そして地図と反対の、師団旗が飾ってあった壁を振り返る。


 勿論、無い。


 深紅のベルベットに双頭の獅子を錦繍した、あの栄光の…一度も敗北した事の無い、パンジール・ウルケーの旗が……!

 絵で描いたの如く、みるみるフィデルが血色を失って顔面蒼白となった。

 それはそうだ。軍旗とは部隊そのものを意味する。無謀な突出バルジ作戦で、馬鹿共が死ぬのは勝手である。だが…こちらの旗を奪われたら、北部同盟が崩壊しかねない程の大打撃と同時に、消えかかっている『アトゥンの火』が盛り返すに違いない。

 シーソーゲーム。

 今までやってきた多大な犠牲の上に掴んだイニシアティブを、手放す事になるのだ。

 茫然自失で声を失った参謀に変わり、当主が代弁する。

 「そ、そうだよな…! 若し敵に奪われたら、末代までの恥だよな! す、すぐに近くの部隊に旗の回収を命じさせよう! ね、それでいいだろ?」

 慌てながらサラーフ指令が近衛兵を呼ぶ。

 「おい! 突出したシーラーズ隊に一番近い、我が軍直属の部隊は誰だ?」

 バラバラと書類を捲った近衛兵が直立不動で叫ぶ。

 「は、小さくてよければですが、直近にイズミル隊が有ります!」

 ……イズミル隊?

 二人同時に顔を見合わせた。聞いたことが無い部隊だったからだ。

 だが、事態を一刻を有する。スグにそのイズミル隊とやらを呼集した。


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