セミ=パラチンスク要塞攻防戦⑫
その日、同時に火蓋が切り落とされた。
そして殆ど同時に攻守両側で西側の壁が撃ち払われた。
だが、思い違いが二つ、ある。
一つは『アトゥンの火』機甲師団。西側の壁が如何にフェイクとはいえ、まさか紙一枚のぺらだとは思わなかった事。だから斉射でHEAT(成形炸薬)弾を使用した。
もう一つは要塞守備隊。まさか一気に敵がHEAT弾を使うとは思っていなかった。
セミ=パラチンスク要塞には大パラチンスク要塞住民6万人へ供給するための、大水道タンクが6基並列して存在する。単純計算で人口一万人に対し、一基の水道タンクが必要な計算になる。
デカ軍曹は汚名を被ってでも構わない気持ちで、その一基を破壊しようとした。まさかの防御側からの水攻めである。
彼等の率いる工兵隊は、不眠不休で土嚢を築き、西側への水路を確保した。
そして、セキズの狙撃で一番西側に近い水道タンクに穴が開けられた。
だが…タンクが破裂するのと同時にHEAT弾が烈火の如く押し寄せたのだ。
結果、タンクは3基破裂。
人一人、一日使う量を約3.3シー(※約60㍑)と定義して、それの一週間分23.1シー(約420㍑)。それの一万人分であるところの2万3000コック(約4200トン)が水道タンク1基分である。それが3基破壊されたのだから、6万9000コック(約12600トン)が敵の機甲師団へと襲い掛かる。
当然ながら大洪水を巻き起こして、主に要塞下から進撃するアトゥンの火・機甲師団を蟻のように押し流した。
後に軍事裁判でアトゥンの火側は、「コレは先に守備隊側の陰謀だ!」と訴える事になるが、誰の目に見てもアトゥンの火側の過失に映った。
冒頭で言いたかったことであるが―
アトゥンの火はまさか、壁が紙一枚とは思えず、過量の火薬を用いてしまい、そしてまさか敵が火力ではなく、水力で攻めてくるとは思わなかった事。
守備隊側はまさか、HEAT弾で一気呵成に攻めてくるとは思えず、腹を括っていた人類への責任が、まさか向こうに負い被せてしまった事。
こうして、大洪水の跡……機甲師団自慢の兵器は皆、北側と同じく泥沼に捕われてしまい、役に立たなくなってしまったのだ。
更に大問題が出来した。
敵味方共に、機関銃どころか軽火器まで泥に漬かってしまい、使用不能となってしまったのだ。
なんと―
西暦が何十世紀経ったのかよく分からないこのご時世になって、剣戟のみ使用可能なフィールドが忽然と誕生したのだ。そして前代未聞の銃剣突撃攻撃が繰り広げられる事となる。
唯一、狙撃班の部隊だけ銃撃可能となった中で、雄叫びが木霊する。
文字通り、正に「泥仕合」だ。
「D班、こっちへ集合! 守りのコッチが有利だぞ、隘路へ敵をおびき寄せろ!」
そう叫ぶノラの死角から、敵兵が決死の形相でチャージ(吶喊)する。
「アチシが居るのを忘れんなし!」
こんな時にだけ嬉々とした医療班のオンが、双掌ナイフで迫りくる敵を難なく捌いた。
「あ…ありがとう」
「へっへ~、超あげぽよ~!」
ギャル語はイマイチよく分からない………しかしクルックベシ伍長の忘れ形見だ、無茶しないで医療に徹してほしい…と心からノラは願う。
「ノラ隊長、こっちの弾薬も切れましたぜ! 我々狙撃班もそっちへ合流します!」
そういって壁や遮蔽物から降りようとする狙撃班をノラが押し留める。
「待て、そのまま待機して情報収集に当たれ! 敵側は電信手段すらも失っている可能性が高い!」
そう…敵の動きは統一感が無い。メンツというか…「我々をここまで苦しませた奴らに一矢報いてやる」くらいの気持ちしか持っていない。
だったら―情報を制した方が強いのは当然だ。
幸い、コッチには大切に通信機器を守ったドブロクの存在がある。
「了解しました…中央A班、メメット中尉の部隊が押し込まれてます! C班とD班は救援に向かって下さい!」
泥と血の臭いで噎せ返る。
敵の攻撃は特攻に近い、ヤケクソな感じであるが、我々はそれに冷静に3人一組で対処していく。
とはいえ………正直な話、誰が味方で誰が敵かも分からない、ヒドイ有り様だ。
地獄って…こんな世界なんじゃないかと。泥を這いまわって敵よりも少しでも早く動く…そんなことを繰り返すうち、足の筋肉が疲労してきて、動かなくなる。泥は冷たく、こちらの体力を容赦なく奪っていく。
小銃についた銃剣だって重い。思うように腕も動かなくなる。
手も足も感覚が無くなりつつあり、もう死んだ方がマシなんじゃないかと思い始めた時―不意に西側から信号弾が多数上がった。
「……?」
その点、敵の方がまだ頭がハッキリしていた様だ。あと一時間同じ状況だったら危うかったかもしれない。
「………敵が居ません…撤退しています! アレは……!!」
ドブロクが感極まって泣き崩れた。
「双頭の獅子……チキショーメ! パンジール・ウルケーの本隊、アナトリア師団のお出ましだ!!」
見ればデカも男泣きに泣いている。
共に見れば、西の彼方に赤く染められた羊毛をつづら折りにした布地に、金糸で織り上げられた双頭の獅子が煌びやかに、朝日を反射している。
それが大艦隊の舳先にかかっている。
嫌がらせという訳でもなく、ただ単純に彼の参謀、フィデル・マスーラとてセミ=パラチンスク要塞の重要性は忘れていなかった。思ったよりも早く、ヒーローの登場ときたもんだ。
「総員、傾注!」
オシッコがちびりそうなくらい弛緩し切って笑いまくってる己が膝をバンバン叩いて一際声を上げる。
「おありがてえ援軍様に向かって最敬礼!」
見れば何十日ぶりに朝日が上がっている。
アナトリア師団…というよりも、また陽の光が拝めた事に感謝し、我等がセミ=パラチンスク要塞守備隊総員62名は最敬礼を執った。
そう、今回の攻防戦で味方の死者は0。
3万人を壊滅に追い込み、味方は独りも死ななかった―――
問答無用で、今回の指揮を執ったノラに大勲章、並びに即日昇進が伝えられたのだった。
やや詰め込み過ぎな感もありますが、これにて今章は終了させていただきます。
チョットペース配分が我ながら変…と思います。
次回はいよいよ、聖都攻略戦ですが……
次章で一段落なのです。あ、勿論終わりはしませんが一区切りだと思って下さい。第一章が終わる感じです。
ちょっと今忙しすぎて…
次は2か月ほどお待ちください。




