セミ=パラチンスク要塞攻防戦⑪
『アトゥンの火』臨時司令部に陣取っていた、ムハンマド・オマル親衛隊機甲師団長、イスマーイールが奇妙な報告を受け取ったのは、正午過ぎだった。
「なに? 敵要塞からランダムに電信が送られている?」
チャンネルはバラバラだが、全方位に同様のメッセージをばらまいているというのだ。
《北面カラ攻撃セヌ場合、要塞内ニ有ル水タンクヲ全て、爆破スル。》
「どういう意味だ?」
確かにイスマーイール司令の居るのは要塞の西側である。そこには純白な要塞の城壁がそびえ立っていた。
元々要塞北面にはでっかい穴が開いていたのだが、そこを重点的に狙った結果、五個将軍の内の一人、ビンラーディン師が討ち死にし、師団が壊滅したのは記憶に新しい。
しかも残存兵力が尚も強攻した結果、それすらも全滅したというのだから頭が痛くなってくる。
それでも…城壁が無いのだ。
誰だってソコを重点的に攻めたくなるのが自然であろう。言うまでも無く、イスマーイールもそう思っていた。
だが……
ここで一つの疑念が生じる。
なんでわざわざ守備側が「北側」を指名するのだ。
そして…水タンクの破壊。
大ユピタルは「水の惑星」とも言われるほど水が豊富だ。だが『地球』だって同じ様に云われている筈である。つまりユピタルでも『水』があるのと、『飲める水』と言うのは別物なのだ。
ユピタルの水はテラフォーミング時に、アルカリ性が強くなってしまっている。飲める水であるセミ=パラチンスク要塞が汲み上げる湧水は貴重なのだ。
だからこそ大パラチンスクへ水を送っているのだし、セミ=パラチンスクがある意味でもある。
その貴重な水タンクを爆破?
よほど「西側」から攻めて欲しくないのか……だがここで次のロジックが生まれる。
わざわざ、自分の弱点を示唆するか?
何か西側城壁に問題があったとする。だが「北側から攻めないと水タンクを爆破する」事にはならない。
う~む…と眉間の皺を更に深くして、鋭い眼光で地図を眺める司令。
聞けば北側は大規模な爆破作戦で、大きなクレーターが開いているという。
そういう地形では逆に機甲師団の電撃作戦が機能しない。
やはり、このまま西の城壁を攻めるべきなのか……
「司令、近隣の村民から得た情報なのですが……」
副官が小走りでやってきて、イスマーイールに耳打ちした。
「なに…! 西側城壁にも実は大きな穴が開いており、偽装してるだけだと!?」
「ハッ、その様です!」
それならば、「北に行け」と言うのは合点がいく。
しかし水タンク……
そこまで考えて、イスマーイール指令は一つの可能性に辿り着く。
「もしや……パンジール・ウルケーは大パラチンスク攻略に失敗して、『アトゥンの火』が支配しているのでは。だから腹いせに水を供給出来ない様にしているのでは?」
では、こうしてはいられないではないか。
水が供給できないのなら、大パラチンスクも沈黙せざるを得ない。しかし……誰もが分かっていたが故に誰も水タンクを破壊しなかったのだ。我々『アトゥンの火』でさえも。
貧すれば鈍するのか…それとも、今まで評価していたが、敵の守備隊長は狂人なのでは。
ともあれ、事態は急を要する。
イスマーイールは全軍に、「西側」の城壁に向かって進軍する様に檄を飛ばした。
同日、要塞内でも悩ましげなる司令官が居た。
言わずもがな、ノラである。
「一人、残弾数20発、徹甲弾は3発って…どういう事すか!」
「重機(※重機関銃)も弾なしだから使用不可……手榴弾もなし、擲弾筒もなしで戦えるんですか!?」
「そもそも……残りの食事が5回分しかないって…ちゃんと説明してください!」
不満タラタラな部下の突き上げを喰らっていたのだ。
そりゃノラだって、潤沢な兵器と糧食は欲しい。でも無いのだ。
そもそも防御戦最大の弱点は、補給兵站が断たれる事である。古今東西の戦で、城攻めとなれば兵糧攻めがテッパンなのだ。
弾薬は昨日の戦闘で使い果たしてしまった。ああでもしなければ、今、呑気に文句言う事も出来ないんだぞ。
食料に関しては、こんなにも早期に攻められる想定をしてなかったため、戦闘糧食を持ち込んでいなかったためだ。近隣の村々から、いつでも食料が来ると思っていたのだ。
これに関してはノラが悪い訳では無く、先任のアブドラとメメット両中尉の責任なんだがなぁ……
そう思って恨みがましくメメット中尉の方を見ると、知らんぷりして口笛を吹いていた。
ここで一喝して兵士を黙らせるのも一つの手ではある。だが…そうなれば、きっと不満が爆発して、脱走兵が続出するだろう。もしかしたら、そこまでは無いかもしれない…だが、モチベーションは確実に下がる。
今持続している集中力とモチベーションが下がれば、もう二度と上がらない。
そしたら敵の精鋭機甲師団が間違いなく、我々を蹂躙するに決まっている……だから考えろ、この場所を死守するために必要な、最適解を………
「だ、大丈夫だ! 実はアッと驚くような秘策があるんだ!」
わざと鷹揚に胸を張って、体を揺すりながら笑い出す、ノラ。
「この作戦が上手くいけば、弾薬も必要ない。それに……」
ここで一息置く。ゴクリと喉を鳴らして、我等が隊長の一挙手一投足に傾注する守備隊兵士達。
「3日後…には本隊から増援が来ると連絡があった。だから食事の心配も不要だ。諸君、諸君達は今まで何度も奇跡を起こしてきた。今回も奇跡を見せて、間抜けな敵をビビらせてやろうぞ!」
…一瞬、不気味なほどの静寂。
だが次の瞬間、大歓声に包まれた。
「ぅおおお~! やってやるぜぇ~、やってやるぜぇ~!!」
「隊長、オレの怪我は軽微です、オレも戦えます!!」
カッカッカと高笑いしつつ、兵士達のやる気に対しVサインを送りつつ去っていくノラ。
その後をデカ軍曹が追った。
「チキショーメ、援軍の到着日程を何で2日早めたんです?……それに、本当にそんなウルトラCの作戦があるんですかいや?」
「…ああ任せろ」
だが言葉と裏腹に、ノラの声は震えている。
「……何もかもウソなのか!?」
振り返ったノラは、涙と鼻水でグシャグシャだった。
「仕方ないじゃんかよぉ~、ああでも言わないとこっちの戦線が崩壊しちゃうからさぁ~! 上官は兵士に夢ぇ見させ続けないといけないんだよ!」
途端に両肩をガッと掴まれるノラ。ビクッとして怒られると思い、思わず目を瞑った。
「……よくぞ言った」
「え……!?」
「良い上官だよ、アンタぁ。お神輿担ぐコチトラだって担ぎ甲斐があらぁな!」
いつものヘラヘラした笑いではなく、肝の据わった、地獄の死者の様な笑みを浮かべたデカに怯えるノラ。しかしそんなのはお構いなしに凄味を増すデカの笑顔。
「任せろや、ノラ隊長。援軍の日数を早める事は出来ねえが、アッと驚くような秘策はコッチがお膳立てしてやらぁな」
そういってコショコショと耳打ちするデカ。するとだんだんノラの顔がパアッと晴れやかになっていく。
「…そうか、じゃあそっちは任せた。コッチはコッチで迎撃の指示を出していくよ!」
そうして今来た道を戻って行きつつ、叫んだ。
「全員、聞け! 擲弾筒部隊とガンナー部隊はデカに付いて工兵となれ! 狙撃部隊はドクズ・セキズ・スレイマンに訊いて東側の城壁でポジション確認しろ! 残りの者は全員コッチに来て塹壕掘りだ!」
活気づくノラの姿を見て、ヘラッとデカが笑った。
「やぁれやれ。…さっき泣いた赤ん坊がもう笑ってらぁな」
コレの元ネタは「義和団の乱(北京の55日間)」で活躍した柴五郎です。




