セミ=パラチンスク要塞攻防戦⑧
身体中が痛い。
油の切れたロボットの様に関節がギシギシ言っている。
もう何日寝ていないのだろう。
昔、地球の偉い皇帝が、「良い軍隊とはよく歩く軍隊だ」とか言っていたらしいが、ここでは「良い軍隊とは眠らない軍隊だ」と言い換えられるだろう。
とにかく人員が圧倒的に足らないのだ。そして手薄になった部分には容赦なく敵の猛攻によって蹂躙される。
だから…死にたくなければ、眠らない。その時間を削ってとにかく防衛線を構築する。
―頭の中で思考が空回りし始めている、と感じて、ノラが自分の頬を両手でバシバシ叩いた。
「ノ…ノラ隊長、敵陣営を見るだべさ!」
哨戒に立っていたドブロクが素っ頓狂な声を上げた。
その声に反応して咄嗟に双眼鏡を構える。
すると…信じられない様な光景が広がっていた。
「チキショーメ! 敵が半分以下に減ってやがらぁ!」
横でデカが歓声を上げた。
そう、『アトゥンの火』は司令部の壊滅によって一晩のうちに脱走兵が続出したのだ。
兵が集まりやすいけど、逃げやすい事でもお馴染の『アトゥンの火』である。実際はあんまり楽観も出来ない。再構築もあり得るのだから。
そして、敵の機甲師団が居ないのも気になる。強襲揚陸艇は未だ一隻鎮座ましましているが、戦闘車を始めとしたものが一切見当たらない。
普通に考えれば、虎の子である機甲師団をこれ以上消耗しないためにも撤退させたか。それとも…迂回して奇襲を狙っているのか。
昨日殺した敵の司令官がどういう指示を出していたかにも拠るだろう。
とはいえ、敵の混乱が手に取るように伝わってくる。
この混乱はあと数日続くに違いない。その間、兎に角もう一度要塞を固め直すのだ。
だが油断ならないのは、それでも1万人は残っているという(・・・・・・・・・・・・・)事実だ。敵の中間司令官に真っ当なヤツが居るのだとしか思えない。
「ふふ…“誰も寝てはならぬ”か……」
自嘲気味にノラが鼻で嗤う。前回作戦もそうだったが、兵士一人一人への負担が大きすぎる。そうでもないと大国に勝てない…その通りだと思う。だが、こんな負担ばかり強いているようでは、短期的な決戦ならいざ知らず、長期戦に於いては消耗するだけだぞ。
そして、このユピタルヌス内戦は何十年続いていると思ってるんだ。
あの扇子男、あれだけ天才と言われてるのだから、よもや短期決戦の連続を狙っている訳ではあるまい。
思考が低下しているのか…もうノラにはフィデル参謀の事を信奉するまでになっていた。頼む、バカであってくれるな!
そんな自分の思考にも唾を吐きつつ、ノラが立ち上がって叫ぶ。
「疎塞気球を上げろ! 例のパターンでだ!」
セミ=パラチンスク第二ラウンドのゴングが鳴った。
敵の照明弾が竜が空を駆けるかの如く、何発も打ち上がる。
辺りが「昼日」の様に明るくなって、地響きと共に雲霞の様に敵兵は駆け寄ってきた。
総力戦だ!
『アトゥンの火』側も、余裕のあるうちに我々守備隊の体力を削いでおきたいのだろう。
とはいえ、未だ障子堀は健在。山間に入ってから敵の行軍速度がガクンと落ちた。そこを冷徹に狙撃して、少しずつだが確実に数を減らしていく。
要塞の開いた壁部分には簡易的なトーチカを構築、デカ軍曹がガンナーとして20㍉ガトリングガンに鎮座益しまして、防衛線を担う。




